163.『風に身を任せ』『後悔』『愛があればなんでもできる?』
人間生きていれば、逆風に行く手を阻まれることがある。
多くの人は向かい風に負けじと立ち向かうことだろう。
でも人間は完璧ではない。
時として強すぎる風に怖気づき、あるいは勇気が出ずに風に身を任せてしまうこともあるだろう。
そんな時、この俺――五条 英雄を頼るといい。
我が探偵事務所は、助けを求めた人を決して見捨てたりはしない。
たとえこの身が砕けようとも、あなたの背中を押して――
「あた、あたたた。
踏ん張ったら、腰が! 腰が!」
「先生、こんなところにいたんですか?
腰が砕けてるんですから、事務所の中で安静にしてて下さい!
今日は風が強いから危ないですよ」
叫ぶや否や、助手は俺の側まで駆け寄り、力強く手を引く。
おそらく善意から来る行動なのだが、さすがに強引すぎる。
助手にはもう少しお淑やかになって欲しいものだ。
俺の腰がやばいから。
「ほら、待合室のソファーに座って下さい。
――まったく、ぎっくり腰で腰が悪いのに、なんで外に出てるんですか?
悪化してから後悔しても遅いですよ」
「仕事だよ。
ホームページに載せるキャッチコピー考えていた」
「そういうのは元気な時にやってください。
元気ならいくらでも『ハードボイルドごっこ』をやっていいですから」
「『ハードボイルドごっこ』って言うな!
普通の(?)ハードボイルドだ」
「はいはい、分かりましたからシャツをまくって下さい。
湿布貼りますよ」
上手くいなされたが、世話になっている以上機嫌を損ねても悪い。
俺は大人しく助手の指示に従いシャツをまくると、腰にひんやりとした感触を感じた。
「いつもすまないのう、ばあさん」
「それは言わない約束でしょ」
「助手……」
「お金がもらえるから頑張るんです」
「有料なの!?」
「当たり前でしょ。
タダでやるわけありません。
まあ、先生の世話なんて、お金を貰ってもやる人は少ないでしょうけどね」
そう言って助手は、湿布を貼るたびに「千円、二千円」と怖い事を言い出した。
これは聞いてられない!
俺は慌てて話題を変える。
「そう言えば、俺が外にいる間、何かなかったか?
依頼人からの電話を受けるのも、助手の仕事だろ?」
「ああ、ありましたよ。
でもその状態じゃ……」
「何言っているんだ!
依頼人が困っているのに、腰が悪いくらいで見捨てて……
いたた、大声を出すと腰に響く」
「だから、安静にと……
えっと、依頼じゃなくてですね」
助手は口に手を当てて、思案する素振りを見せた。
「先生、Switch2を買いそびれたって言ってましたよね?」
「ああ、言ったぞ。
値上がりすると聞いて電気屋に駆け込んだのに、売り切れだった。
欲しかったのになあ……
それがどうした?」
「さっき町内会から連絡網が回ってきまして、Switch2を優勝賞品にした大会を今週の日曜日に開くそうです」
「なんだと!?
それは絶対に参加せねば……
あたたた」
興奮のあまり体を起こそうとすると、体中に電撃が走る。
その様子を、助手は呆れた目で見ていた。
多分、『懲りないなあ』と思っているに違いない。
「続けますね。
それで、その大会のテーマが『愛があれば何でもできる?』だそうで……」
「ほう、Switch愛なら負けんぞ」
「その愛を確かめる方法というのが、SASUKEならぬMARIOだそうで……」
「なんだそれ、めちゃくちゃ楽しそう!
でもアスリートに有利過ぎないか?」
「さすがに本家ほど本格的に作れないので、学校の運動会レベルなんだそうです。
子供も参加するでしょうしね。
あと要所ごとにSwitchにちなんだクイズが設けられて、正解しないと先に進めないとか」
「うーむ、誰にでもチャンスはあるって訳か。
だが……」
俺は痛む腰をさすりながら呟く。
「……この腰ではな。
参加する事すらおぼつかない。
――そうだ!」
俺は助手の顔をまっすぐ見据える。
「助手、代わりに出てくれ!
ボーナス出すから!」
「あー、今週の日曜日には予定があるんですよね」
「マジか……」
割と運動神経良さそうで、そこそこゲームが好きな助手なら勝機はあると思ったのだが……
しかし、今どき休日出勤を強制できるようなご時世ではない。
俺は助手に頼むのは諦めるしかなかった。
「くそう、万事休すか」
「でもまあ、先生がどうしてもと言うなら――」
「待てよ、そう言えば草野球仲間に適任がいるな。
あいつならゲームに興味はないし、うまく頼めば――」
「やります」
「え?」
「や、り、ま、す」
急にやる気を出した助手に、俺は少したじろぐ。
「……用事があったのでは?」
「よく考えたら来週でした。
それで、私が行ってもいいですよね?」
「お、おう。
任せた」
――こうして迎えた日曜日。
助手は、メタボなおっさんどもと、参加するだけで楽しそうな子供たちをぶっちぎりで突き放し優勝、晴れてSwitch2を手にした。
そして約束通り、俺は五万円(値上げ前の定価)を包み、助手からSwitch2を受け取った。
だが、大好きなお金が手に入ったと言うのに、助手は妙に機嫌が悪い。
手渡した五万円を、不満そうに見つめている。
……まさか足りないとでもいうのか?
どうにも居心地が悪くなり、苦し紛れに労いの言葉を掛ける。
「その、なんだ……
今回は助かったよ、ありがとう」
そう言うと、助手は少しだけ頬を緩めて、ごまかすようにフンと鼻を鳴らした。
「本当に困った時に頼りになるのは私だけです。
そのこと、よく覚えておいてくださいね」
5/24/2026, 5:25:40 AM