牧山丁

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あじさい

 厚い雲がかかる。光沢のない、鈍い鉛色。人は上を見て、嘆息を吐く。雨模様を悟って。天気予報を見なくても、傘が必要になることは勘が促している。僕の場合は、勘よりも先に偏頭痛が、今日の項垂れた天気を痛みに変えて受信していた。

 学校に向かう途中ですでに、薄い線の雨が空から落ちてきた。あまりに薄くて、はじめは気が付かない。夏の訪れを予感させる、じめつく暑さ。そんな空気のなかでも、学生服の長い袖に腕を通して、長い裾に足を通せば、肌の露出は格段に少ないから。たまに頬を掠める冷たいものが、「ああ、降り始めたかも」なんて、頼りにならない気づきで、薄い線の注ぎにようやくピントを合わせようとするのだ。

 雨が降る日が増えてきた。温暖化というものの影響なのか、年々、季節の境目が不明瞭になっている気がする。そのためか、梅雨入りさえもはっきりとしない。新聞も、ニュースにも、興味がないから、本当はテレビのどこかで、「梅雨入り」の報告があったりもするのだろうけど、僕は情報の外側で、雨乞いとは真逆の晴乞いを、心でそっと続けるばかりだ。

 校舎に入ってしばらくすると、談笑や、講義中の声にノイズをかけるみたいな雨が降り出した。日常に集中をしていると、意識の枠から外れてしまうけれど、ふと、なにかのきっかけを得たように、雨音は鼓膜を衝きはじめる。地面を打つ激しさ、窓ガラスに跳ねる軽やかさ、水溜りに沈む侘しさ、その全てを、雨晒しから身を守る安全地帯の表側で、演出している。多くの人に存在を嫌われながらも、それでも気がついてほしいように、煩わしいほどの音を立てて。僕らから、日常への集中を奪っていく。どうだろう。そのせいなのだろうか。今日は一段と、学校のなかは静まり返っている。

 下校となり、持参した傘を広げて外に出た。
 雨の激しさが、足元を素早く濡らしていく。

 地面の窪みに広がる、水たまり。踏まないために、僕は。僕らは、下ばかりを見て歩いている。頭痛は続いている。湾曲した首の後ろが、なんだか重たい。やはり、雨は嫌いだ。否が応でも、こちらの気分を虚にしてくるから。光沢のない、鈍い鉛色。雨続きのここ最近は、世界がどこか、色褪せて見える。

 

6/14/2023, 1:31:38 PM