映画をみたあとに
「同年代で、こんな面白い映画を知ってるのは僕だけだろう」
という優越感がある。
だがこれは、優越感を得るために自らの脳へ虚言を塗りたくっているに過ぎなかった。
最近みた中でこう感じたのは「パール」という映画だったので、それは言いきれる。
有名で、おそらく見た人は多いだろうに、僕には上記の優越感があった。
その優越感が薄れる頃、つまりは今だ。
今、僕はたしかな劣等感を感じていた。
「こんなふうに面白い小説を書きたいが、どうしてもできない」
という劣等感だ。
いつもそうだが、優越感なんかの自分の得な感情よりも、劣等感のような、気分が落ち込む感情の方が、地に足ついてて現実的、なように思えるのは、なぜなんだろう。
とにかく、僕はまるで面白い作品が書けない。
いや、書こうとすらしておらず、それが一番の問題だった。
僕は映画がすきで、映像で物語を見せるやり方が大好きだ。
それを小説でやりたかった。
だけど無茶だと思う。
今だって僕は、感情をただ連ねているだけであって、今自分がどこに座ってどんな姿勢でなんの媒体を使って書いているのか、すら、ここにはない。
だけども、できるに違いない、今よりは理想に近づけるに違いない、という思いも共にあった。
やはり、自分に得な感情は、浮き足立っていて、非現実的だ。
理想を語るだけだから、そうなのだろう。
7/14/2024, 1:10:43 AM