やなまか

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小麦が広がる丘陵に豪奢な館があった。
午後から降りだした霧雨が世界を包んでいる。

領主の息子に無理やり連れてこられて何時間経っただろう。周りには誰もいない。暗がりの部屋で、彼女の心細さは最高潮に達していた。

(このまま街に帰れなかったら…どうしたら…)

コツコツと外から壁が叩かれる。明らかに雨の音ではない。
「まさか」
窓を細く開けると、街に居たはずの彼が壁に身を潜ませていた。 

「よう、囚われのお姫様」
「どうしてこんな雨のなか…」
衣服から布切れを出して彼のびしょ濡れの額を拭いてやる。
「気配が紛れる雨だからこそだぜ。泥棒の基本だろ」
「えっ」
「お前さんのことだ。迷惑が掛かるとか言って普通に連れて行こうとすると怒るだろ」
ハンカチを持つ腕が握られ、そのままふわりと身体が浮く。
「ちと乱暴にいくぜ」
「ちょっ、…待っ」
まるで小麦袋のように肩に担がれてしまった。
(うそ…!!)
「なんか楽しくなって来やがった」
ここ、2階…!!
彼は担いでいる自分の重さを物ともせず走り出した。確かに悲鳴を上げても雨がかき消してくれるのかもしれない。
「でも、こ、怖い…です!」
「スリリングで最高じゃねーか。ははっ!」
先程までの心細さはかき消えて、雨が顔を優しく濡らしてくる。


館には、窓の近くにびしょ濡れとなったハンカチが無造作に落ちていたらしい。



11/6/2023, 12:55:55 PM