「君の願いを叶えてあげましょう。」
誰もが眠っている様な深夜に、ソイツは現れた。
魔法使いが着ている様な、繊細な刺繍が施されたローブを身に纏い、肩の辺りからは、何故か天使の様な翼があった。
二つの要素が入り交じったソイツは、不確かな存在だと確信させるには充分な程だった。まあ、深夜に現れたからでもあると思うが。
「願いって、何を叶えてくれるの。」
「億万長者になりたい、なんてものから、家政婦になって欲しいなんてものまで、あなたの考え得るものは全て叶えます。」
何故、なんて言えるほど俺は冷静じゃなかった。俺の横に転がるものに目が行って、つい。
「俺が殺してしまった、恋人を、蘇らせてくれ…」
と口走ってしまった。
そう言うや否か、ソイツはにんまりと口を上げて、「君はそう言うと思ってた。」と言った。
その仕草に懐かしさを感じて。慌ててそのローブを掴んだ。
「っ」
やっぱりだった。脱げたローブから覗いたその顔は、確かに俺の恋人だった。俺が殺してしまった恋人だった。
「なんで」
ああ、やっと声が出た。君との全てを俺は覚えていた。何一つ忘れた事だってない。
「死んだ人間は蘇らないよ。」
その可愛らしい声で君は言う。優しい声なのに、諦めが混じっているのが分かった。俺は、いつの間にか涙が流れていて。視界が滲むのが煩わしくて。
目を拭った。
クリアになった視界は、君をもう映していなかった。
夢か幻か。そんな事も分からないまま、君は行ってしまった。
でも、床にローブと羽が一枚落ちていて。現実な事を知った。
三日月に照らされた部屋では、俺の泣き声が木霊した。
題:三日月
1/10/2024, 1:47:13 AM