:いつまでも捨てられないもの
「紛い者」
人差し指を僕に伸ばして彼女は言った。
「僕の、どこが?」
わけが分からなくて苛立った顔をしそうになったところ、無理矢理笑って歪な顔になった。
「僕が偽物だって言いたいのか?」
彼女は真っ直ぐ、ただ見詰めてくるだけ。
「なあ、なんとか言えよ」
一歩踏み出そうとしたが足が動かない。
「なあって、なんか言えよ、なんで言ってくれないんだ。なあ、なあって」
喉が痛いほど震えている。大きく息を吸っても細く頼りない声しか出てこなかった。
「なんとか」
目を見開いて、ただ僕は突っ立っている。
ピン、と伸ばされた指がゆるく折り曲げられた。彼女は一度頭を下げて、また前を向いた。微笑んでいた。懐かしむように、哀れむように、寂しそうに、慈しむように。
あいじょう? 違う。これは
「愛してるよ。愛している。私はアンタのことを愛している。だから言わないと」
貴方の涙はしょっぱいのかな、甘いのかなぁ、なんて、きっとどうでもいい……貴方への愛を抱いている。
「紛い者だ」
愛している。
「紛い者だよ」
愛している。
「私は貴方を手放すときが来た。捨てる日が来たんだ。いつまでも捨てられなかったものを、私はようやく手放す日が来たのだ」
いつの間にか貴方は随分背が高くなって、顔立ちも大人びて、声も変わっていた。そうか、もう、小さく蹲っている君ではないのか。僕はもう役目を果たしたのか。貴方に僕は、もう必要ないのか。
「そっか」
笑えていたらいいなぁ。
ドン、とぶつかってくる衝撃を受け止めて、ギュッと抱きしめた。
愛している。愛してる。僕は君を愛していた。本当は紛い者でも何でもよかった。何でもよかったんだ。柔らかい部分を守ることさえ出来れば、優しい君のことを守ることができれば、それが偽物でも貼り付けたものでも誰かの焼き直しでも、それでよかった。なのに「見捨てないで」なんて。できないんだよな。分かっている。
紛い者で良かった。だってその方が、なあ、見切りをつけられる。
僕は君を愛している。君の心臓の音を僕は知ってる。君の感触を僕は知ってる。愛している。
これは愛情じゃない。貴方のそれも、僕のこれも、愛情ではない。でも愛してるんだ。それは違いない。でも僕らはこれを愛情と言えるほど愛を知らない。
甘い涙の味。
苦いビターチョコレートケーキを好むアイツとは違う、貴方は甘い涙の味が好きなんだなぁ。
もう本当に、知らない貴方がいるんだね。
貴方に僕は必要ない。
愛している。
どうかこれから貴方が歩む先が幸せなものでありますように。
8/17/2024, 6:01:00 PM