君を想う日がいつも雨なのは、
きっと君があの日、雨の妖精になったからだろう。
雨の日にだけこっそり地上に降りてきて、
そうでない日は雲の上からこちらを見下ろしているんだ。
俺は強さを増した雨を避けるように喫茶店に入った。
店内を見渡すと、片手で数えられるほどの客しかいなかった。
窓際のソファ席を選んで座る。理由は単純だ。
窓を打つ雨の音が聞こえている方がいい。
メニューも見ずにブレンドコーヒーのブラックを注文する。
読みかけの小説があったが、鞄から取り出すことはしなかった。
雨の日は集中力が続かないのが分かっているから。
彼女と約束した時間が来るまで、窓の外に思いを馳せる。
つくづく俺は未練がましい最低な野郎だなと思う。
こうして彼女の到着を待ちながら、心の中では君のことを想っている。
もう忘れなければと想う日に限って雨が降る。
まるで君が俺を引き留めているように。
君に別れを告げたあの日も雨が降っていた。
降りしきる雨に逆らうように君は消えていった。
その日からしばらく続いた雨を、秋の長雨のせいだと言ってしまうには、
あまりにも都合の良すぎる示し合わせだった。
少し時間が立って、ドアベルがカランコロンと音を鳴らす。
彼女かと思って振り返るが、音の先には誰の姿もなかった。
ただ、流れ込んできた外の空気が、湿気と同時に気配のようなものを纏っている気がした。
とても懐かしい気配。温かく優しさを持った馴染みのある気配。
――君なのか……?
俺は、その気配を纏った虚空に問いかけていた。
返事をするように、風に煽られた雨粒がザザッと一度窓を打ち鳴らす。
それを俺は都合よく解釈する。
あの日、俺を置いて先に逝ってしまった君。
雨の降る火葬場で、骨だけを残して天へと消えた君。
――俺はどうすれば君を忘れられる?
そう問いかけても、君からの返事はない。
君を忘れるために登録したマッチングアプリで
君に似た彼女を見つけて運命を感じた。
アプリに登録した日から彼女を見つけるまでも、
思えば、あの時のような長雨がつづいた。
――君がそうさせたのか?
返事の代わりにドアベルが鳴る。君に似た彼女だ。
丁寧に巻かれた傘を傘立てに刺し入れ、わずかに濡れたコートを手で払いながら、店内を見渡している。
俺はゆっくり手を上げて、彼女に存在を示してみせる。
ニコリと微笑んで、ゆっくりこちらへやってきた彼女は、
俺の向かいにそっと腰掛けて、初対面の挨拶を交わす。
「雨、大丈夫でしたか?」と俺が尋ねると、
「私、雨女なので慣れてます」と冗談めかして応える。
実際に話してみると、彼女は雨上がりの空のような人だった。
どこか雨の余韻を感じさせる明るさを持っていた。
俺の心を覆う傘が丁寧に畳まれ、巻き取られていくように、
次第に俺は彼女の奥ゆかしさと明るさに魅了されていった。
しばらくの会話のあと、ふと窓の外を見る。
雨粒は薄くなり、雲の切れ間から光が差し込んでいた。
「雨、やみそうですね」と彼女が言い、
「ああ、晴れそうだね」と俺が応える。
徐々に青さを増していく空から、雨と君が静かに遠ざかり、柔らかい光が広がっていく。
#雨と君
9/7/2025, 4:45:14 PM