「あっ......た、ここにいたか」
私は冷蔵庫の奥底にいた小さな瓶を手に取った。これはおそらく数ヶ月前に作ったイチゴジャムの残りだろう。その時に気分が上がって作ったはいいものの、普段朝はお米派の私は、なかなかこのジャムを消費することがなかった。そのうち存在を忘れて、今日のような結果になったというわけだ。
「まだ...イケるか?」
硬い蓋を開けて匂いを嗅いでみると、ほのかにまだイチゴの甘い香りがした。
パン、パン、パン。唐突に私はパンにこのジャムを塗りたくり食べたくなった。いや、食べることが必然であり、私という存在全体が、パンに向かって全身全霊で行動しようとしていることに気がついた。
玄関には棚があり、その上に順番に物が置かれている。手前から、腕時計、小銭、鍵。外に出る時はいつもそれらを順番に身につけ、ドアを開ける。今回も例外ではない。さあ腕時計、小銭ッ...
「あっ......っっっクッソ!!!」
小銭を落とした。いつも最低500円はポッケに入れている、だが、いま300円ほど落とした、気がする。焦った私はさらに腕時計も落とす。両手が焦りでおぼつかなくなる。
パン。
そうだ今の私はパンのために存在する。鍵を握りしめドアを開ける。握りしめた鍵は2種類。家のものと、自転車のものだ。カゴが変形して四角形の形をしていないこのママチャリは、引越しの時に実家からわざわざもってきたものだ。使わないと思っていたが、かれこれ高校の時から5年ほどお世話になっている。
ガチャン。
聞き慣れた音を聞いて気づいたら私はもう走り出していた。今日はほのかに暖かく、風がふわっとしている。花粉が飛ぶ毎日だが、今年は目があまり痒くない。
思えば実家に帰ってないな。帰宅してジャムたっぷりのパンを1口齧った時にそう思った。
ああこの後玄関で小銭拾うのめんどくさいな、とか、ぐちゃぐちゃの冷蔵庫が私らしいな、なんて思っていると。急に誰かに怒ってもらいたくて涙が出た。
「美味しくない、このイチゴジャム。」
安い食パンはまだあと4枚ほどある。きっと今回もジャムは使いきれない。
3/15/2026, 4:24:14 PM