「記憶の蓋」
「流星。ごめんね――」
「母さん?」
一人の高校3年生のように見える男の子が東京の町をあるいた。
ゴミが溢れた町。
昔はそうではなかったそうだが今となってはゴミがそこらじゅうに溢れている。
男の子はゴミを蹴り飛ばしながら歩いた。
真っ黒な髪の毛。少し長めの襟足。でも横の髪は耳の上にかかるように派手なピンでとめている。
目は少し青みがかっている。背は高く、180cmといったところか。
彼は流星。親のいない一人きりの男の子。
彼は兵庫県で産まれ育ち、親が小学2年生でいなくなってからも兵庫県で暮らした。
一人きりになってからも暮らせたのは母親同士が仲が良くいつも一緒にいた女の子とその家族が流星を受け入れてくれたからだろう。
しかし、女の子の親が二人とも死んでから流星は姿を消した。
女の子を支えなければと思いつつ、枷になりたくないと東京に逃げ出した。
遂に一人になった。
小学2年生のころ。
親がいなくなった。
黒髪が綺麗な母親と、白髪の外人で、青い瞳の父親。
父親は流星の髪が黒髪だったことで母が浮気したと思い込消滅。
母親は父親に一人にされた悲しみに明け暮れ、流星に
「流星。ごめんね。」とだけ残し、どこかへいってしまった。真っ黒な髪の毛も青みがかっ瞳も二人の血を継いでいるとわかるだろうに。
今思えば「流星」という名前も、流れ星のように消えていくことを意味込めたのかもしれない。
東京で一人。泣く夜はある程度大きくなるとぷっつりと消えてしまった。
とある日流星は長い白髪をした女の子に出会う。
女の子の齢はおそらく6歳ほど。小学1年生ぐらいだ。
女の子は言った。
「お兄さんもひとりだね」
女の子は白い髪を靡かせた。
黒い目。人間離れした美しさ。
人影のない裏路地から怪しげにでてきた。
「お前。なんや?迷子か?」
「違う。迷子じゃない。」
「じゃあ。なんや?」
「…リリー」
「リリー言うんか。かわいい名前やな。」
「お兄さんは?」
「流星。」
「流星ね。ねぇ流星。ここどこ?」
「生意気な子供やな。てか結局迷子かよ」
「迷子ってなに。私はリリー」
「名前ちゃうて。もぉーなんや親は?」
「いない。」
「あぁ?…孤児か?最近多いしなぁ」
「親なんていない。欲しくもない。」
「とんだマセガキやな。家出か孤児か…
うーん。まぁいっか」
「だからリリーだってっ」
「はいはい。分かっとるよ。…リリー俺とくるか?」
「…ふんっもとからそのつもり。」
「なんやこいつ。まぁええか。」
二人は流星の住むぼろアパートに暮らすことになった。
「流星っ。今日燃えるゴミの日やろ」
「あぁ。忘れとった。出してくるから机拭いとってー」
「はーい」
二人で暮らし初めて一年がたった。
二人の共同生活もだいぶなれてきた。
リリーは幼いこともあってか、だいぶ関西の言葉を話すようになった。
流星の言葉が見事に移ったのだ。
「なぁリリー。お前は結局何者なんや。」
「なに流星。」
「だってお前。この一年親ずっと来おへんやん。
でも名前はある。なんやこれ。なんか知らんけど他にも矛盾がぎょうさんある。」
「…。リリーだってしらん。」
「親は?」
「だから。知らへん。」
リリーは自分の服を握りしめた。
流星が少ないお金をはたいてかった、白色のワンピース。
「…名前はなんや」
「自分でつけた。」
「そーか。」
「――流星。リリーはな愛されたかったんや。」
「…は?」
「リリーはこの世界で産まれた。気付いたら喋れたし、体もあった。でもこの世界のことなんもしらんかった。親もなにもかも。でもこれだけは分かってた。リリーは「愛」を知るためにこの世界に来たって。」
「…な、なんやそんな。宇宙人みたいなこと。」
「リリーは愛されてない。」
「は?」
「リリーは愛がわからん。だから愛されてるかなんてわからん。だからリリーの目標なんて、夢なんて叶うはずない。」
「なに言っとんの?リリー。お前のことは俺が愛して―――」
流星の言葉は糸が切れたようにプツンと消えた。
流星は疑問に思ってしまったのだ、自分は愛されてたか?親には捨てられた。本当の「愛」なんて知らない。
「なぁ流星。「あい」ってなんなん?」
流星の綺麗な瞳が揺れた。
「愛」ってなんなんだ?
「――リリー。もう夜の9時や。早う寝よう。」
「流星?話はまだ終わって――」
「リリー。な?」
流星の痛々しく笑った顔はリリーの心に深く刺さった。
リリーが傷つけちゃったん?
小さくなった流星の背を眺めることしか、できなかった。
「流星ー。なに寝ぼけとんの?」
「――なんや?」
流星は目を見開いた。そこには初恋の女の子。
『海』がいた。
「海?なんでここに」
「流星。なんか私。死んだらしいわ」
「は?」
「なに言っとんの?」
「我ながら格好いい死にかたやったわ。」
「じゃあなんでここに。」
「それこそ。死んだからやな。あんたの夢に化けてでてきてやったわ。」
「…。ほんまなん?海。」
「…こんなしょうもない嘘つかんて。」
沈黙が流れた。
「――なぁ海。「あい」ってなんなん?」
「――へぇ。あのマセガキが愛とか語るようになったんやな」
「ちゃうでっ。…ただわからんくなってん。
今一緒に暮らしとるリリー。女の子がおるんや。
その子に愛ってなに?って聞かれてなんも答えられんかった。」
「――へぇ」
「なぁ。海。俺は愛されとったんか?」
「少くとも。あんたの家族はあんたのこと愛しとった。」
「へ?」
「覚えてへんの?あんたがまだ僕って言ってたとき、
おばさんもおじさんもよく話とった。うちの流星はかわいいなぁ。って」
「母さんも父さんもそんなこと言っとったん。」
「うん。言っとった。」
「俺のこと嫌ってなかったん」
「うん。大好きやった。」
「俺の名前は。」
「誰かの夢を叶えられるような格好いい男になれって。意味だって」
「流れ星みたいにいなくなっちゃったんだ。俺を一人と裏切って。母さんも、父さんも。」
「ちゃう。流れ星みたいに希望を与えてって。」
「父さんは。」
「あんたの父さんは、工事現場での事故死。
最後まであんたら家族との生活を愛しとった。」
海は涙をためる。
「母さんも消えた。」
「だからちゃう。あんたの母さんは病気やった。入院してそのまま亡くなった」
海は涙をため、流し言った。
「あんたが愛されたいって言うのはどうでもいい。
でも愛されてなかったって言うのはちゃう。
あんたの家族はあんたを愛してた。
その愛をなかったことにすんなっ」
海は目を赤くして言った。
あんなに海が泣いているのは海の家族が亡くなってかみたことがない。
いや。ちがう。
俺が海から逃げたんや。
愛されていたのに気付いてへんかった。
愛したかったのに逃げてしまった。
俺の中の「愛」はずっと使ってへんかったから、
錆びてしまったんや。
俺はリリーを愛そうとしとる。
でもまだまだ不器用や。
きっと俺もリリーも愛が苦手やから分からんふりしとるんや。
どうしたらリリーは「愛」を知れるやろか。
やっぱり一番は。
「海。ありがと。それとごめんな。」
「流星。私こそ。でも今会えてよかった。」
「うん。」
「流星。愛してんで。」
「海。――またな。」
「――…。…はぁ困ったやつやな。今さら止めても無駄なんやろ。」
「――」
「死ぬなとは言わん。…悔いのないようにな。」
「あぁ。」
「ふっ。ようやくあんたの母さんと父さんが愛した
息子の顔になったな。」
「うん。」
「リリーちゃん?やっけ。愛してやってよ。」
「もちろん。――海。愛してんで。」
「――残念。私、あんたがおらんくなってから好きな人できちゃった。」
「はぁ?誰や。」
「…先生。」
「はぁ?顔赤くすんなやっ」
「赤くないっ照れてへんしっ」
「くっそ。…天国で惚れ直させたる。」
「ふふ。楽しみにしてんで。」
そこで目が覚めた。
隣でリリーが寝息をたてて寝ている。
あぁ。愛らしい。
これが愛か。
その時。大きなサイレンが鳴り響いた。
『怪物発生。怪物発生。緊急避難警報。
近くの頑丈な建物に隠れてください。
繰り返します――』
「は?頑丈な建物ってなんやねん。そんなに間に合わんやろ。」
「流星?どうしたん。」
「リリー。――。よし。逃げんで。」
「は?なにからよ」
「怪物。」
「怪物?」
「とにかく早う靴履け。」
「流星は?」
「包丁だけ持ってく。」
「わかった。」
2人で手を繋いで走る。
右手にリリーの手。左手に包丁をもった。
100mほど後ろには他にもたくさんの住民が走っている。
その50mほど後ろを人間離れした容姿の怪物が走っている。
圧倒的速さ。ここまで来るのも時間の問題だ。
「キャー」
遂に一人目が殺された。
そしてまた一人と。
リリーはもう走るのも限界そうだ。
流星は包丁を強く握った。
走りながら流星は言った。
「リリー。「愛奪還組」ってしっとるか。」
「な、なに。こんなときに」
「愛奪還組ってのは愛をなくした子供たちが愛を取り返す場所らしい。リリー。そこに行ってみいへん?」
「はぁ?――。そこで「愛」がしれるん?」
「恐らくやけどな。リリーがもし行きたかったら。よく聞いてや。このまま走り続ければ避難所につく。
そこでふんぞり返っとる偉そうな人に言うんや、身内が怪物に殺されて生涯孤独やって。」
「は?それって」
「大丈夫や俺は死なん。」
「――」
「リリー。俺の名前はな人の夢を叶えられるような格好いい男になれって意味らしいんや。なぁリリー俺を格好いい男にさせてや」
「――」
「リリー。」
流星が足を止めた。
リリーは振り返る。
流星は笑った痛々しく笑った。
でも前と同じような後悔や張り裂けるような痛みは
流星から感じなかった。
「流星は。いつまでたっても格好つかんなぁ。」
リリーは涙を浮かべた。
今まで泣いたことなんてなかったのに。
「リリー。」
「分かっとるよ。達者でな。流星」
そういってリリーは振り返り走っていった。
流星は背中が小さくなるまで見送った。
怪物の方をみる。
もう30mほどの距離しかない。
リリーが逃げきれるように、時間を稼ぐために。
「リリー。俺はリリーが幸せやったって人生を終えられるなら他になんもいらん。それだけリリーに救ってもらった。なぁリリー。生きろよ。」
流星は怪物に包丁を向けた。
「なぁリリー。ごめん。最後ぐらい笑ってリリーを送って、逝きたかった。
でも。そんなんむりそーやわ。――約束守れんでごめんな。」
視界が海に沈んだように歪んだ。
ほんまはもう少し長生きして直接リリーに「あい」を教えたかった。
きっと辛いもんやけど人間ちゅうもんは、
死ぬときが一番は愛を伝えられる。
絶え絶えになった苦しげな声が聞こえる。
体は熱く寒く。地面のアスファルトが顔に食い込むのを感じる。
リリーごめんな。
死なんって約束まもれそーにないわ。
リリーは走った。
涙を空に投げ出しながら。
リリーは1つの事を考えながら。
「流星。ごめん。私多分。」
「怪物の子ーや」
3/31/2026, 3:55:12 PM