私は泣いていた。
絵が描けなくなった。
自分の人生、アイデンティティ。
これが無くなれば私には何も残らない。
なのに手に持っていた筆は
いつの間にか透明になった。
描いても、描いても
空(くう)をなぞっているだけのようで
手元には何も、私には何も無かった。
あるとき風が吹いた。
それは色なき風、秋風だった。
筒状に開かれていた手の間を
無遠慮に通り抜けていく。
いつの間にか透明だった筆が
形を現していった。
手には何の色も付いていない
絵筆があった。
気まぐれなその風は少なくとも
今の私を救ってくれたらしい。
希望だけを描く必要はない。
秋の憂いを絵にしても良いのだと
言ってくれているようだった。
キャンバスに筆をなぞる。
描いた先に色が塗布される。
こんな当たり前のことが
嬉しくて、何より楽しくて
仕方がなかった。
あるとき風が吹いた。
この冷たさが
この厳しさが
今の私には心地よかった。
11/14/2024, 3:21:10 PM