喫猫愛好家

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「たまにはフレンチでも食べに行こう」
寝起きのボサボサ頭に似つかわしくないことを彼が言う。「うん」とだけ返しクローゼットからよそ行きのワンピースを取り出す。3年前、姉の結婚式のために買ったワンピースはもうずっと奥にしまってあったから、若干シワになってるけどまあ大丈夫だろう。さっきは適当に返事をしてしまったけど、一目散にワンピースを取りに行くくらいにはちゃんと嬉しい。久しぶりに役割を果たせて、ワンピースも心なしか嬉しそうだ。でも素直に喜んだら彼はすぐ調子に乗るから、飛び跳ねたい体を理性で抑えてできるだけ冷静に。肝心なところで素直になれない私は自分でも可愛げがないと思う。
 彼が予約してくれていた高級フレンチを食べて、履きなれないハイヒールで家に帰る。足が限界で、玄関に入った瞬間脱ぎ捨てた。さっきまでいた空間と家の安心感のギャップで、一気に緊張が緩んだのか、彼が言った。「腹減ったな」
食べたばっかじゃん、ムードないなぁと呆れながら言おうとしたのに、私のお腹が理性に反抗声明を上げた。負けた気がするし恥ずかしいしなんか悔しいしで、顔が真っ赤になるけど、彼があまりにも良い顔をして笑うから私もつられて笑ってしまう。彼の瞳に私しか映っていないことが嬉しい。笑いすぎて、幸せで、泣きそうになった。彼との同棲も半年が過ぎ、お互いの嫌な部分も知ったしもうドキドキしなくなっちゃったと思ってたけど、やっぱり好きだ。たまには素直になってみようかな。笑い終えてカップラーメンの封を切っている彼の耳に小声で届ける。
「ねえ、大好き」
いつも飄々としてる彼の、たまにしか見えない表情が見えた気がした。

3/5/2024, 1:23:10 PM