しるべにねがうは

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別れ際に

「なんか、思ってたのと違うって言うか」

放課後、誰もいない教室、男女が2人。

「や、俺もさ、彼女が欲しかっただけで君じゃなくて良かったんだなーって感じになっちゃって、なんかごめんね、ほら君芸能人のあれあの人に似てるからほら、でも君全然一緒にいて楽しくないし会話できないし暗いし。告白してくるくらいだから好きにして良いんだと思ったら違うし。ふざけてんの?とにかくこれ以上俺に関わらないで欲しいんだよね」

押し殺しきれなかった嗚咽。床に落ちる涙の音。

「じゃ、バイバイ」

そのまま一度も振り返ることなく、男子生徒は教室を後にした。
スタスタと軽い足音が廊下に出て、聞こえなくなってようやく、女子生徒の涙が溢れた。

夕暮れに染まって1時間後、涙の跡が残るものの、女子生徒は1人帰路に着いた。泣きすぎて痛む頭を鬱陶しく思いながらも、足取りはしっかりしていた。

そして俺たちもようやくお家に帰れたのでした。
ずっと縮こまっていた体を解す。教卓のしたって意外と広いんだよな。覗かれたらめちゃくちゃ気まずかったけどなんとかなって良かった。

「いきなり別れ話始まった時まじでびっくりしたんだが」
「なんですのあの生徒!なんですのあの男!!」
「忘れ物取りにきただけなのに1時間かかっちゃった…」
「なんですのあのろくでなしー!!!」
「おちつけお嬢、ずっと服引っ張ってた俺の手がそろそろ限界」
「あいつの髪の毛全部ひっこ抜いてやります!!」
「やめてお嬢流石に可哀想だから」
「じゃあ…じゃあ!一発殴らせてください!」
「お嬢が一発殴ったら骨折案件だから駄目」

傷害罪が発生してしまう。事案です。
それに正当性を考えるなら殴るべきは彼女だろう。
あの女子生徒が全部飲み込んだのなら外野が出るのは野暮でしかないだろう。

「……我慢が美徳とは限りません」
「へぇ?だからって他人が馬鹿なことしていいって話にはならないだろ」
「声を上げなければ、侮られていくばかりです。声を上げなければ、どんどん軽く見られていくのです」

そして最後には、存在することすら認識されない。

「だから、乙女の純情を弄んだ輩にはそれなりの報復が必要だと思うのですよ」
「……その意見には一定の理解を示すが」
「でしょう!?」
「そもそもマジで他人が今出てってもね、マジで…近寄ったら駄目、お嬢あんなやつに近寄ったら駄目」
「………………あぁ、なるほど」
「帰ろーぜお嬢、それこそとばっちり食う前にさ」

教卓に隠れていた時は角度的に見えなかったのだろうお嬢が、窓の外をみて納得したように頷いた。校庭には、さっきの女子生徒とは別の女子と腕を組んで歩く男子生徒。二股とか最低。
そして男子生徒の影がずるりと蠢く。目を逸らす。俺は何も見てない見てない。

「………………私達も別れの挨拶とか決めておきますか」
「いや何の為に!?別に俺らってそういう仲じゃないですよね!?」
「何も言えずに別れるって、やっぱりなんというか、寂しい?いえ…恨み言くらい言っておけば良かったな、と後悔しそうで」
「察するにそれって多分死別だよな?嫌だよ今から最期の言葉考えて生きるとか」
「いざと言う時に後悔したって遅いんですのよ!もっとかっこいいの考えておけば良かった!って」
「それ考えてる時点で結構余裕だしもう恨み言とか関係ないだろかっこよさとか言ってるし」
「あなたの入れるお茶、人生で5番目に美味しくて好きでしたのよ、とかどうでしょう」
「なんで今から人生クライマックスのネタバレされてんの俺」
「順位の内訳は5位が貴方、4位は私、3位は矢ツ宮殿、2位は石蕗、1位は笹本です」
「納得の人選、悔しさも起きんわ」
「貴方はどうですか、かっこいい別れの言葉」
「……いやまず俺が去るって事は」
「晴れて一人前の陰陽師って事ですわね」
「今度は俺がお嬢を助けますからね!とか……?」
「再会が約束されてるタイプの別れ言葉は何か……違いますわね」
「……お嬢、健康に気をつけて元気でいてくださいね…?」
「悪くないんですが典型的な挨拶っぽさがきになりますわ」
「縁起でもねぇしやめようぜこれ!!」

翌朝。例の男子生徒がバイク事故に巻き込まれて全治6ヶ月の大怪我。

「天網恢々疎にして漏らさず……」
「まぁあれだけ恨まれて呪われていればまぁ、そうなりますよね」
「…………『あれだけ』『恨まれて』『呪われて』…?」
「愚問だと思いますが確認しますよ。聞きますか?」
「聞きません…」
「賢い判断ですね」

思ってたよりクソ野郎でした。やっぱりあの時お嬢を止めて良かったなと思いました。

9/29/2024, 5:23:13 AM