お題「窓越しに見えるのは」
いつも自室の窓越しに見える黄色の屋根の家が好き。別に何か思い入れがあるわけじゃないんだけどその黄色の屋根の家が好きだった。私の家の向かいから左に4軒目。家の前を通ることはあるけど誰が住んでいるかは知らない。それに通る時に見るその家には興味無い。私の自室の窓越しに見たその家が好きだった。私の自室は3階にあり、その家の黄色の屋根がよく見えた。暖かい黄色の屋根。どれだけ見ても飽きない。吸い込まれるような黄色。私の家を持つ時が来たら必ずその黄色の屋根にしようと思うほど気に入っていた。その黄色に似たハンカチも買った。黄色の屋根の素敵さには劣るけれどもとても良い色だった。
ある日その家の前を通った時に中年あたりの女性と作業着を着た男性がなにか話しているのが聞こえた。
女性「ええ、この屋根の色を変えて欲しいの。祖母が好きな色で祖父が昔この黄色の屋根にしたらしいんだけど…。私すごく嫌なのよね。だって黄色の屋根ってすごく目立つじゃない?もっとシンプルな普通の屋根の色にしたいの。」
男性「了解しました!!でもいいんですか?色変えちゃって、おじいちゃん怒るんじゃないの?」
女性「あら、いいのよ。祖父は最近ボケちゃって老人ホームにいるから。それに屋根くらい気にしないわよ。」
私は「え、屋根の色変えちゃうんですか!?こんなに良い色の屋根なのに!?」と、声を思わずかけそうになってしまったが初めて会う家主にそんなことを言う勇気がなくその場を通り過ぎてしまった。
数日後…
あんなに綺麗だった黄色の屋根はどこにでも見かける焦茶色の屋根になっていた。あんなに綺麗だった黄色を変えてしまうなんてあの女のセンスはどうかしている!!と思ったが女性の言う通り、黄色の屋根は実際とても目立っていたし私のように日頃から屋根を眺めてたやつがいるかもしれない。それを不愉快に思うのは仕方の無いことだろう。だがそれでも勿体ない!あの黄色をこれから私は拝めなくなってしまうなんて!もうあの屋根はなんの魅力もないただの屋根になってしまったのだ。私はそれがショックで自室の窓にカーテンをかけ、あの家が見えないようにした。あの家の前を通る時も顔をさげて極力見ないようにした。しかし人間は薄情だ。何週間も経てば屋根のことなんかどうでも良くなって普通に生活するようになった。どうせ屋根の色は変わらないのだから。
今日その家の前を通った時に後ろから声をかけられた。振り返ると1人の老人が立っていた。弱々しく目もほとんど開いてないような老人の手には私の黄色のハンカチが握られていた。
老人「お嬢ちゃん、落としたよ。」
私「あ、ありがとうございます。」
老人からハンカチを受け取ると老人は突然語り出した。
老人「とても良い黄色のハンカチだね。うちの屋根の色と同じ色だ。妻の好きなあの色だ。」
私は否定しそうになったが老人の寂しそうな表情に言えなかった。
私「あの、よければこのハンカチ使ってください。」
老人「え?そんなこんな良いハンカチ受け取れないよ。お嬢ちゃんに似合うハンカチじゃないか。」
私「いえ、もういいんです。このハンカチは私の好きなあの色と全然違うから。」
老人「?いやでも…」
私「いいんです!私はこの屋根の色で充分なので!!」
半ば押し付けるようにハンカチを老人に渡して私はその場を去ってしまった。あの老人が屋根の色が変わったことを知らないのか、もしくは知っているけど知らないフリをしてるのかわからない。ただ、あのハンカチはもう私にはいらないものなのだ。だって私はあの屋根の色になんの思い入れもない。ただあの色が好きだっただけの人なのだから。あの色じゃないハンカチはもう私にはいらない。
7/1/2023, 2:04:59 PM