夜雨と春歌

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【太陽】



 猛暑のせいで夜雨の脳みそが沸いてしまった。

「イカロスって覚えてるか? 小学生の頃歌ったよな。勇気ひとつを友にするやつ。あれ元ネタはギリシャ神話らしいんだけどさー。いやそっちはよく知らんけど。歌の方はなんかずっと覚えてんだよな、あの薄暗い音楽。蝋で鳥の羽かためて翼にして飛び立つんだけど、太陽に近づき過ぎて熱で蝋がとけておちて死んじゃうんだよな……。ずーっと、ずっと覚えてんだよ、あの歌詞……身につまされるって言うか。つまりおれは蝋燭なんだよ。太陽に近づき過ぎたらとけるだけだって解ってんのに、近づくのをやめられないんだよな……」

 ぐでっと机に懐いて「あつい……とける……」と呟きながら人の形を失っていたかと思えば、唐突によくわからないことを語り始めた。完全に暑さにやられておかしくなっている。
 内容も支離滅裂でよく解らなかったので、早々にこれは聞かなくていいヤツだと判断した春歌は、冷凍庫から取り出したアイスをパキリと割って食べ始めた。チョココーヒーの冷たさが身体に染み渡る。
「聞いてんのかよ」
 少し不機嫌な声とともに伸びてきた手が、残しておいたアイスの片割れを持っていった。これはふたりでわけて食べるのが正解のアイスなので、そこには何の問題もない。問題は、聞いているのかと問われたことだ。
 聞いとかなきゃいけないヤツだったのかと、ほんの焦りを誤魔化して、必死に思い出す。夜雨は何の話をしていたのだったか。確か、太陽に近づきたいとかなんとか言っていた気がする。
 つまり。

「ヨウは宇宙飛行士になりたいってことだよね?」
 にっこりと、とびきりの笑顔を向けた春歌に夜雨は、眩しいもの──それこそ太陽でも見るかのように目を細めて、勢いよくアイスに齧りついた。

8/6/2023, 6:07:20 PM