「この前は歩いてられないくらいの風だったのに」
鳥居越しに揺れる桜の枝を見上げながら、呟いた。
吸い込まれるくらいに澄んだ空。
薄いピンク色をした桜は満開で、穏やかな風にその身を任せている。
コートでは少し暑いくらいだ。
参拝を済ませ、百を超える石段をゆっくりと降りながら、清浄な空気にしばらく浸る。
朝、不意に神社に行こうと思い立った。
何故かは分からない。
信心深い方では無いし、初詣ももう何年も行っていない。なのに何故か、その日は神社に行かなければ、と思った。
穏やかな風が吹く。
小さな花びらが雪のように音もなく舞っている。
一段一段、降りるたび木々の緑の間から街の景色が鮮明になってくる。
ふわり。
コートの裾が微かに揺れた。
同時にスマホが鳴って、おもむろにポケットを探る。
「もしもし。――お母さん?」
十年以上音信不通だった母からだった。
「うん。うん、·····そう。良かった。うん。分かった。なるべく早く帰るよ」
「おかえりなさい、おじいちゃん。お疲れ様でした」
声に答えるように、桜の枝が小さく揺れた。
END
「春風とともに」
3/30/2025, 3:19:31 PM