【仲間になれなくて】
勇者さま
あのときは私を救ってくれてありがとうございました
あなたがいなければ
今ごろ私は魔物に食べられていたでしょう
助け出されたあと
あなたとその仲間に
一緒に戦おうと誘われて
魔法使いの私は言われるがままに
あなたたちと行動を共にしました
それからの旅は大変だったけれど楽しかった
山の中では少ない食料を分け合って
夜はお互いの体温で温まりながら眠りました
スライムは弱いモンスターだと油断していたら
たくさん集まってきて苦戦したこともありました
みんなで協力して
強敵のドラゴンを倒したこともありましたね
あのあとに飲んだぶどうジュースは
いつもと同じものなのにすごく美味しく感じました
勇者さまは旅の途中
私に「お前がいてくれてよかった」と言ってくれました
私の魔法や知恵に助けられていると
「とても信頼している仲間だ」とも言ってくれましたね
けれど私はそれらの言葉が嬉しいのに
心から喜ぶことができなかった
私は勇者さまと敵対する魔王軍の魔法使いなのです
今まで黙っていてごめんなさい
だからあなたが私を信頼してくれるほどに
罪悪感と苦悩が生まれ、私を追い詰めていきました
仲間だと言われるたび
仲間にはなれないと思っていました
だから本当は
勇者さまを始末するために探していたところ
魔物に襲われて
そこを勇者さまに救われたのです
あのとき、あなたが
見ず知らずの私のことなんて見捨ててしまえば
こうして勇者さまの前に立ちはだかることもなかった
あなたを多くの意味で苦しめることもなかったのです
過去の勇者さまの優しさが
今のあなたを辛い目に遭わせている
なんと悲しいことでしょう
優しさをもって人と接するよう学ばされる私たちなのに
それが人間として正しいはずなのに
私たちの立場が違うばかりにこんなことになってしまうなんて
勇者さま
私の魔法は痛いですか?
モンスターと戦っているとき
よく褒めてくれましたよね
「お前の強力な魔法があれば、どんな敵も怖くない」って
私も勇者さまの強さを知っています
意志の強そうな瞳と
それに負けないくらいの真っ直ぐな心
悪を許さず自分の進む道を信じて突き進む姿
どれも大好きでした
けれど、ごめんなさい
それでも私は
魔王軍の魔法使いでしかないのです
あんなに大事な仲間だと言って接してくれたのに
信頼してくれたのに
仲間になれなくて、ごめんなさい
9/8/2025, 12:00:45 PM