やまめ

Open App

「あっ」
声を上げた時には、もう既に唐揚げは床に着地していた。
「あーあ‥」
山田がなぜか僕より残念そうに口を開けた。かと思うと、その中に自分の唐揚げを放り込む。そのまま幸せそうに唐揚げを噛み締めてVサインをした。
「えー‥」
苦笑していると、山田がVサインをサッと下ろした。神妙な面持ちで、僕の袖を引っ張る。
「え、何」
困惑しながら山田の視線を辿って、振り返った。途端に、ふわりとした洗剤の匂いが鼻腔を抜ける。
「タモ、唐揚げ落としたの?」
采架ちゃんが無表情で立っていた。心臓がドクンと痛んで、胃がぷらんと揺れる。頭の方に血液が集中して、顔が熱くなってくるのを感じながら、か細い声で返事をした。
「タモ‥ってさぁ」
采架ちゃんの少年のようなまっすぐな声が僕の耳にまっすぐ入ってくる。まるで直接脳に響いているみたいに。
「なんとも言えないドジ踏むよね」
そして、先程僕が山田に向けていたような苦笑でこちらを一瞥すると、洗剤の微かな匂いを残して踵を返した。
「山田、明日見たい映画決めといてね」という捨て台詞を残して。
があああーん。という音が聞こえた気がした。
「‥タ、タモ‥」
山田の遠慮がちな声で現実に戻る。
「ああ‥えーっ‥とぉ‥うー‥」
なんにも言葉が出てこなくて、仕方なく笑ってしまう。それにつられて、山田も横でへへっ、と小さく笑った。
それを見て、ふいに一言言いたくなった。いや、これくらい言わせてほしい。
「あのさ山田。お前采架ちゃんと」
パン!と山田が手を合わせて頭を下げた。それを見て、一瞬で嫉妬が萎んだ。
「‥いいよ別に」
身体を折り曲げて床に落ちた唐揚げを拾う。
立ち上がってゴミ箱に向かいながら、溜息をついた。
このやるせなさが排出されるように、深く、深く。

8/24/2023, 12:17:07 PM