ゆかぽんたす

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背中が痛くて目が覚めたら、自分の家の床の上で寝ていた。むくりと起き上がって洗面台に向かう。昨日の服装、化粧も落とさないまま。髪の毛は凄いことになっている。不細工な鏡の中の自分がこっちを睨んでいた。
部屋中の窓を開け、換気をする。とりあえずお風呂に入ろうと思って湯を沸かす。その間にこの酷すぎる顔を何とかしたくてクレンジングに手を伸ばす。顔を洗いながら、考えるのは嫌でも昨晩のこと。ああ、終わったんだな、って。どこか他人事に思えるのは何故だろう。
「タオル、タオル……」
ぼーっとしてたらフェイスタオルをそばに準備しとくのを忘れていた。泡まみれの顔でサニタリーの棚を漁る。その後泡を流して顔をうずめるとリネンの香りが鼻腔に入り込んできた。少しだけ、気持ちが落ち着いた。わりとゆっくり行動していたらお風呂が沸いた。昨日の服を脱ぐ時、ストッキングに伝線があるのを見つけた。いつからあったんだろう。昨夜、あの人といた時はどうか無かったことを願う。
せめて最後は完璧な私で迎えたかったから。

熱いシャワーと熱いお湯に浸かって、長湯から出た時はもう昼時に近かった。籠の中のさっき脱ぎ捨てた昨日の服。もうこんな、背伸びしたワンピースなんて着ない。鼻を近づけると煙草の匂いがした。途端に気持ちが落ちてゆく。心がずんと沈んでゆく。もうあの人には会えないのに、あの人の匂いを持ち帰ってしまった。折角お風呂でさっぱりして、このまま昨日のことは夢だったんだと言い聞かせようとしたのに。香りは瞬時に記憶を呼び起こす。涙腺が脆くなるのも必然だった。
「あーあ」
ばたりとベッドに倒れ込んだ。泣きたくない。頭じゃそう思っていても心は言うことをなかなか聞いてくれない。たかが失恋。あの人に私は必要なかった。ただそれだけのことだ。それで終わらせてしまえたなら今、こんなに苦しんではいない。本当に、好きだった。でも叶わなかった。気持ちだけでは駄目なんだ。恋は2人でするものなんだ。分かっちゃいるのにうまくいかなくて、やりきれなくて。それが涙となり頬を伝った。
さっき開けた窓から少しの風が入り込んできた。涙に濡れた頬に当たって僅かにひんやりとする。ベランダのカーテンが揺れている。ひらひらと揺れ風に舞う姿は私の今の心境と正反対に軽やかだ。見てるとなんだか、さっきまでのざわめきが薄れていくような気がした。
そうだ、カーテンを洗おう。ふと思い立ち、レールから外しにかかる。何もない土曜日の昼間。外は快晴で洗濯日和。昨日の弱った私と決別するために、部屋中のものを洗濯するのだ。
カーテンを外しきった窓の向こうに青空が見えた。目に染みるほどの青。深呼吸を1つしてから洗面所へ向かった。
自分の心もまっさらに洗えたら良いけどそれは無理だから、一先ずカーテンを洗おう。お気に入りの柔軟剤で、昨日のワンピースもついでに。大好きな匂いに囲まれていれば、少しは気が紛れるだろう。もう煙草の匂いは嗅ぎたくない。


10/12/2023, 9:57:23 AM