氷室凛

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 子どもの頃、よく考えていたことがある。

 鳥のように自由に空を飛べたらどんなに素敵なことだろう、と。

 私はいま、その夢を叶えている。──割合にして2割ほど、だけど。

「あああああああああ落ちる落ちる落ちる落ちる死ぬ死ぬ死ぬ!!!!!!!!」
「死なない!!!! 平気!!!! 死なせない!!!」

 歌姫と呼ばれていた私はライブ中に突如意識を失い、気付いたらこの不思議な世界にやってきていた。そこで自らを魔法雑貨店の店長だと名乗る彼と出会い、目覚めるためにとらわれた「心」とそれを開ける「鍵」を探していた、のだけれども。

 どうにも足場の悪い沼のような場所に行き当たり、「こんなときは! てれれれてってれー♪」と調子よく店長さんがどこからともなく取り出した(本当にどこにしまっていたのだろう)大きな翼をリュックサックよろしく背負ったのが失敗だった。

 その翼は力強く羽ばたき我々を空へと運び、どこまでも、どこまでも──店長さんの「あれ、おかしいな。こんなに上がらなくていい。下がれ。下がれ!」という声すら無視して高く高く舞い上がり、地上の景色が見えなくなったあたりでようやく上昇を止めた。
 そして私たちがひとまず息をついたのも束の間、そこで2,3回大きく羽ばたくと、このポンコツ翼はみるみる下降を始めたのだ!! 下降、っていうかもう自由落下なんですけどこれ!?!!

「なにが死なせないだこのインチキ魔法雑貨屋!!! もとはと言えば全部あなたのせいじゃない!!?!」
「意外と口悪いねきみ!?!? 追い詰められた時こそその人の本性が出るって言うよね!!」
「はいはいどうせ私は性格悪くて裏垢でアンチとレスバするような歌姫ですよ!! もう死ぬから全部どうでもいいんですけど!!」
「思ったより性格悪いエピソードが出てきてびっくりだよ!!!! こりゃ敵も多そうだ!!!!」

 裏垢のこと他人に言ったの初めてだけど本当にもう全部どうでもいいわ。さっきまで霞んでよく見えなかった地面が、もうこんなにも目の前にあるのだから。あと数秒もしないうちに、私はここに叩きつけられて──

「ヘイ!」

 やや間の抜けた掛け声と共に、店長さんは下へ向かって何かを投げつけた。それは私たちが地面に落ちるよりも早く大きく膨らみ──、ボヨンと我々を受け止めたのだった。

「い、生きてる……!」
「だから言ったでしょ、死なせないって。この世界で死んだら元の世界のきみも死んじゃうしね。しかし何がダメだったのかなー、前はちゃんと動いたのになー。メンテナンスしてなかったからかな〜?」

 ──え? いまこの人、なんて言った?

 ポヨポヨと余韻で弾んでいた私は思わず店長さんを振り返った。

「ちょっと待てこら、いまなんか大事なこと言ったな!? ここで死ぬと元の世界の私も死ぬって!?」

 やば、まだハイになっててさっきと同じテンションで喋っちゃった。
 けれど彼は、そんなことまるで気にしてないみたいにケラケラと笑うのだった。なにも大したことなんて言ってない、みたいに。

「あはは、そりゃそうだよ。魂が死んだら器も死ぬ。むしろいまはボーナスタイムみたいなとこだよ」
「このインチキ店長……そんな大事なことを隠していたなんて……」
「隠してなんかないよ、あまりにも当然のことだからわざわざ話してなかっただけさ」
「……その上ポンコツ魔法道具を使わせてくるし。このまま一緒にいていいのか疑わしくなってきたわ」
「それは悪いとは思っているよ? まあ今回のことは僕にも落ち度があるけどさ、まああれだよね。きみは鳥のように空を舞うことはできなくても、鳥のようにきれいに歌うことはできる。それで十分じゃないかい?」
「……なんかそれっぽいこと言って自分の失態を誤魔化そうとしてない?」
「あっはっはっはっはっ。そんな、まさかまさか」
「誤魔化そうとしてるな!?!?!?!!!」



20240821.NO.29.「鳥のように」

8/21/2024, 12:27:09 PM