与太ガラス

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 あー眩しい。午前中はこの日差しとの戦いかー。会社に来るなり、ガラス張りのオフィスに悪態をつく。二日酔いにこの光度は堪える。なまじ管理職になってめっちゃ明るい壁際の席を用意されてしまった。

 デザインの会社なんだからセンスのいいオフィスに入らなくちゃな!という社長の意向で数年前に移転したが、光の反射でPC画面が見えないだの、西陽で背中が焼かれるだのとクレームが相次ぎ、現役のデザイナーは直射日光の当たらない席に一斉避難している。管理職は逃げられなかった。

 太陽を避けようと俯いて頭痛と格闘していると、目の前にデザイナーのカシマが立っていた。

「ナカガワさん、ちょっといいですか?」

「ああ、今日は早いな」

「まあ、最近ゆっくり来てたんで」

 カシマは若手のデザイナーでフレックスタイムをフル活用して働く柔軟な性格だ。お昼ぐらいに出社することも多いが、月の労働時間はキッチリまとめてくる。

「あのー、転職サイトの案件なんですけど、メインビジュアルのことで聞きたいことがあって」

 仕事に関しては真剣。クライアントの要望に応えることを最優先に考えている。

「このー『女性が目に涙を溜めている』ってところなんですけど、これ何の涙ですかね」

 ん?ほう、はあ。

「いや、理由知りたいじゃないですか。打ち合わせのとき何か聞いてません?」

「いやー確かに。いや、聞いてないな、すまない」

 そこわかんなきゃダメかな。うーんそうだよな、表情も変わってくるか。自分がデザインするんだもんな。

「そうっすか。ナカガワさん、なんだと思います?」

 だよな。そりゃ聞かれるよな。打ち合わせに参加したの私だもんな。

「例えば、悔し涙じゃないかな。今の会社でつらいことがあって、転職して見返してやる!とか」

「でもクライアントは転職をプラスのものとしてアピールしたいんですよね。キャリアアップとか自己実現とか」

 ホントに真面目だな。この感情を読み違えたらいいデザインが描けないと確信している。ついこの間も彼女の案について修正を依頼したら、意図を理解して的確に直したものを送ってきた。それだけじゃなく、自分でブラッシュアップした私の指摘とまったく違う変更案も同時に出てきたことがあった。自分のデザインを主張する気の強さも持っている。

「じゃあ、転職が上手くいかなくても諦めないっていう強い意志」

「それも考えました。負けないぞ!っていうのもありなんですけど、転職は簡単じゃないってわざわざ広告にメッセージとして入れるかなぁ」

 言われてみれば。だんだん私も向き合わなきゃいけない気がしてきた。

「ナカガワさん、1番にお電話です。ディープランニング様からです」

「ああ、はい。すまん、電話だ。今の感じでラフ案をいくつか作っておいてくれるか?」

「はーい、わっかりましたー」

 不承不承の様子で席に戻っていった。

「お電話代わりましたナカガワです。え?ホントですか、あ、ありがとうございます、本人にもすぐに伝えます!はい、ありがとうございます!」

 吉報だった。ゆっくり受話器を置くと、私からカシマのデスクに走っていた。

「カシマ!この前のコンペ、君のデザインに決まったぞ!」

 カシマは驚いた顔で立ち上がった。

「え?マジっすか。えっと、どの案でした?」

「君が勝手に描いてきたC案だ」

 そういえば、あれを通したことを伝えてなかった。

「ナカガワさん、あれも通してくれてたんですか?うわ、嬉しい、やだ泣きそう」

 言いながらカシマの頬に涙が伝っている。

「カシマ、それ、じゃないか?」

「え?なに?」

「その涙」

「やだ、泣いてないっす、あっ」

 カシマの涙目が大きく見開かれる。そんな目でこっちを見るなよ。

「自分がやってきたことが報われた、やってきてよかった、そのときの涙なんじゃないか?転職広告の涙は」

「あは、そうだ、うわーすごいタイミングで実感しちゃったわ」

 今度は泣き顔に照れた笑いが加わる。

「ナカガワさん、あたし、いいデザイン描けそうです」

10/11/2024, 1:16:43 AM