こっこ

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蝶よ花よ


「ママ、いつまでも元気でいてよ。」
常連のハンチング帽がお似合いの、仁さんがお会計を済ませて帰り際、カウンターの和代ママに声をかけた。
駅前からちょっと裏道に逸れた場所にスナックを構えてもう30数年、客足が絶えないのはひとえにママの人柄だと皆口を揃えて言う。
「私なんてね、この土地に流れ着いた正体不明の怪物なのよ〜。」とガハハと笑う豪快な様も、大柄な体型にマッチしていて可愛らしくて憎めない。
初見のお客様には、オーダーが入る前にキンキンに冷えた生ビールや、角ハイボール、焼酎の梅割り、レモンサワー、時には山崎のロック…お客様もびっくりする位、今日の気分のお酒が一杯目になる。
もう、占い師も心理学者も敵わない。神業だ。
ママは決まって、「何か、そういう顔して入ってらしたから。」「ヤマ勘!ヤマ勘!当たったからママにも一杯サービスしてね〜。」とおねだりも忘れない。
ただ、おつまみに関しては決して充実しているとは言えないが、ママが気まぐれに急に作リ出す焼きそばや、キャベツと卵だけのお好み焼き風のそれや、じゃがいもの明太子炒めなんかも、イレギュラーだから、それにありつけた日のお客様は皆、飼い慣らされたワンちゃんよろしく嬉しそうに頬張る。
「私はお料理が苦手だから、男の人はみんな愛想つかして逃げちゃうのよね〜。やっぱりいい女ってみんな料理上手!真逆よ〜。」
「ママ俺、料理上手だから通ってあげるよ~。」
なんて冗談とも本気ともとれる、トラック運転手の城さんには、急に真顔になって
「わたし、もう男はこりごり…ひとりが一番。」
「こんな私でも、子供の頃は蝶よ花よで甘やかされてワガママ娘で大変だった頃もあったのよ〜懐かしいわ~。」
と、お客様がついでくれたサッポロ黒ラベルの冷えたビールのグラスを呑み干すママは、どこか寂し気に見えたりもする。
そんな時ママは決まって大好きな煙草を燻らせて、「煙くない?ごめんね〜、やっぱりハイライトはやめられないわ~。」
そして、「禁煙なんてクソ喰らえ!あ、健ちゃん禁煙中だったわね!失礼〜。うちのお店では煙はお酒のスパイスだと思ってね〜ヨロシク♡」
と、お茶目にウインクをするママは、ヘビースモーカーの怪物だけど、やっぱり憎めない。

8/9/2024, 9:15:00 AM