ささみ

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「君と出会って、人生が変わった」なんて。昨日観るともなくつけていたテレビでやっていた映画の台詞を突然思い出す。考えたらなんとも安っぽい言葉だ。
だけど同時に、そう表現するしかない人間がいるということにも気づく。俺にとっては、今まさに目の前でラーメンをすすっている男がそうだ。
誘われてなんとなく通い始めたレッスンを続けたのも。デビューの話が立ち消えた時にあっさり事務所を辞めたのも。消えた真珠を追いかけてスターレスに行って、会社勤めをするようになった今もまだ舞台に立っている。こいつがいなかったら有り得なかった人生だ。
「……夜光、なんか視線を感じるんだけど……おれの顔になにかついてる?」
「ああ……悪い。ぼーっとしてた」
誤魔化すように、テーブルの上の餃子に手を伸ばす。意識しているわけではないのに、ひとつ口に含んで咀嚼する間も、なんとなしに真珠に目が行ってしまう。空きっ腹に入れたアルコールが、思いの外早く回っているのだろうか。
ふと、視線をあげた真珠と目が合う。すこしだけ困惑したように「もう、なに?」とみせた笑顔に、こちらも思わずふっと笑いが漏れた。
「いや、うまそうに食べるなと思って」
一瞬きょとんとした顔を見せた後、「おいしいからね!」と言ってふたたびラーメンに戻る。
客同士の話し声、厨房から響く掛け声、換気扇の音、テレビのスポーツニュース。雰囲気もなにもあったもんじゃない、街角の中華屋だ。
(案外、こんなもんなのかもな)
「特別な誰かに気づく瞬間」なんてものは。

5/6/2026, 4:49:40 AM