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─今年も彼らの季節がやってきました。Ebroの石橋には、カゲロウの大群が群がり、まるでこの灼熱の地に季節外れの冬がやってきたようです。しかしこのカゲロウは……

型の古いテレビから、TVEのニュース番組が流れている。ただ客観的事実を伝えるだけであるのに少し情緒混じりの言葉作りは、なんとも感情豊かなこの国らしい。

「大変やなあ、お前んとこのあれ」
家主に委ねられるべきチャンネル決定権を握り締めたまま、ポルトガルはソファに組んだ足でリズムを取った。
「毎年のことや、もう慣れてもうたわ」
キッチンのダイニングテーブルで何やら本を読んでいたスペインは、ニュースもポルトガルの言葉もしっかり耳にはしていたらしい。本から目を離すことはなく答えた。
「あれ、駆除せえへんの?」
「んー、別に害虫やあらへんしなあ……それに知っとるか、アイツらむっちゃ寿命短いねんで」
スペインはやはり本から目を離さない。
「どれぐらい」
「1日も持たへん」
スペインの出してきた回答に、ポルトガルは目を大きく開いた。
「うわ、そら短いなあ」
自分が生まれて1日目は、果たして何をしていたのだろう。きっと生まれたばかりで、この世の全てに狼狽し泣き喚いていたのではなかろうか。生まれてから4桁の年月を生きてきた身では、もう全く覚えていない。カゲロウの刹那が、ポルトガルの胸にどしりと寄りかかった。
「せやろ?やからそのたった1日羽ばたかせてやれんっちゅーのは、寛容なスペインの名が廃るやん」
「……そうか?」
敬虔で保守的なスペインはいつのことやら、今のスペインは確かに種々の面で寛容な、ともすれば挑戦的とも言える決断を下すことが多々あるというのは、この縁だ、よく知っている。それにしてもその寛容は虫にも適用されるのだろうかと、ポルトガルは僅かに眉を顰めた。
「そうや。やからアレはな、うん、見守るしかないねん」
「見守る」
ポルトガルがスペインの言葉を反芻する。
「そう、見守るんや、見守る。俺らにはそれしかできへんもの」
そうやそうや、そうするしかないんや。スペインは自身の言葉を確かめるように繰り返すと、ゆっくりと本のページを捲った。

4/28/2023, 1:31:36 PM