『秘密の手紙』
黒ヤギさんは、今日も朝からヘトヘトだった。
勤め先の〈ヤギの森郵便局〉は町でも有名なブラック企業で、賃金は安いのに配達量だけは山のよう。
配達用カバンはいつもパンパンで、
ジッパーは閉まり切らない状態。
疲労と空腹でふらつく視界の中、黒ヤギさんは
白ヤギさんから預かった一通の手紙を確認した。
白い封筒に、丸っこい文字で宛名が書かれている。
「メスのヤギさん宛てやな……。仲ええんやろか」
口の端からじゅるりと涎が溢れてきた。
ここ数時間、水しか飲んでいない。
(うまそうやなぁ)
理性が止めても、体が勝手に動いた。
ぱくり。
「……あ」
時すでに遅し。
気づいた頃には、封筒をもちもちと
噛んで飲み込んでしまっていたのだ。
「ぎゃー!なんで食べてもうたんやワイ!!」
口の中に残った紙の感触に絶望しながら、
配達路の真ん中で黒ヤギさんは頭を抱えた。
お客様の大事な手紙を食べたことが
知られたら即クビ確定。
このご時世、仕事を失ったら次はどこに行けば
いいのかすら分からない。
頭を振り絞って考えた末、ある結論に達した。
「せや!ワイが書けばええんや!」
白ヤギさんの筆跡を思い出す。
どんな内容だったかはわからない。
けれど、丸っこい文字で丁寧に……
とにかくそれっぽく書けばバレへんはず。
「えーっと……。
『こないだの草、めっちゃおいしかったで。
今度は一緒に食べに行こな。
もっと仲良うなりたいねん』……よし!」
思いつくまま書き殴ったものを読み返す。
正直かなり不安が残るがもう時間がない。
黒ヤギさんはそのまま手紙を封筒に入れて、
次の配達へ向かった。
――
後日。
黒ヤギさんは白ヤギさんから
新たな手紙を受け取った。
開封はもちろんしていないが、封筒のすみっこに
ハートマークまで描かれている。
「なんやご機嫌やな、白ヤギさん……?」
白ヤギさんは照れ臭そうに頬をかく。
「この前の手紙な、ものすごう喜ばれてん。
あっちは『こんな気持ちは初めて』言うてなぁ。
いやぁ、おれ、あんな文才あったん知らんかったわ」
遠くの丘をぼんやり眺めながら、うっとりした顔で
呟く白ヤギさん。そんな彼の様子に黒ヤギさんは
内心、心臓がばくばくだった。
「ほなまたよろしく頼むわ」
配達途中、黒ヤギさんは白ヤギさんから
受け取った手紙をじっと見つめた。
あの日と同じだ。
朝から何も食べていない。意識が朦朧としている。
そして、手紙が極上の草に見えてきている。
「……あかん」
黒ヤギさんは必死に己を制したが、
またしても勝てなかった。
ぱくり。
「あああーっ!またやってもうたーっ!」
そんなわけで二度目の手紙を書くことになった
黒ヤギさん。不思議なことに、黒ヤギさんが
書けば書くほど、二匹の仲は深まっていった。
(もうこうなったら書き続けるしかないやないか!)
黒ヤギさんは空を仰ぎ、深いため息をついた。
「次はどんな手紙書こうかなぁ……」
かくして郵便配達員兼恋のゴーストライターになった
黒ヤギさんは、今日もまたどこかで
秘密の手紙を書き続けるのであったとさ。
12/4/2025, 10:00:05 PM