NoName

Open App

 優越感は劣等感の裏返し

 小さな頃の夢はケーキ屋さんになることだった。女の子なら誰でも一度くらいは、毎日ケーキが食べたいと思ったことはあるだろう。大抵の場合すぐにまた別のなりたい何かに変わってしまうありがちな夢だが、私の場合は進路を決める歳になるまでなんとなく、その幼い頃に抱いた夢を胸に温めていた。
 高校を卒業して製菓の専門学校へ2年通って、地元のこぢんまりした洋菓子店にパティシエ見習いとして入った。しかし、何年たっても上達しなかった。一緒に入った同僚たちはめきめき腕を上げて、大事な仕事を任されるようになっていく中、どんなに努力をしても、私だけは認めてもらえない。当時の私は自分が不器用なことをまったく自覚していなかった。ケーキが好きというだけで、うまく作れるわけではないことをわかっていなかった。
 それで、なんで私だけ、と周りと比べて劣等感に苦しんだ。とうとう逃げるように店を辞めて、フランスへ修行に出た先輩を頼って、自分もパリへ行った。けれど、日本でダメなのに外国へ逃げてうまくいくわけはない。
 雇ってもらったパティスリーでは1か月でクビになり、仕方がないので日本レストランで働いた。本当に辛かった。毎日泣いていた。
 それから、20年。
 今はそのとき同じパリにいて、いろいろと相談に乗ってくれた先輩と結婚し、2人で小さな洋菓子店を営んでいる。でも、もう私はケーキを作ったりはしない。ケーキを作るのは夫だけだ。20年という月日の中で、自分に何が向いているのかを知った。私の仕事は接客と、カフェのお客さんに飲み物を作ること。私のラッピングは評判がいいし、ラテアートも得意だ。何よりお客さんとのおしゃべりが大好き。夫も毎日私を褒めてくれる。なので今は仕事が楽しくて仕方ない。
 劣等感というのは、身を置いた環境やかかわる人によって強くなったり、弱くなったりするものらしい。環境設定ですべてが変わる、というのだ。
 いくら好きでも自分に向いていない場所では、当然他人の方が上手にできるのだから、他人に嫉妬したり、羨ましく思ったりするだろう。劣等感があるからこそ頑張れるとも言えるのかもしれないが、見当違いの努力は虚しい。
 劣等感に苦しまないためには、きっと、もっと自分を知ることなんだと思う。
 

7/14/2023, 8:13:20 AM