「みぃつけた!」
見つかってしまった。後ろから右の肩を掴まれた。その人は私の前に回って正面から私を見た。同じ学部のレイコちゃんだ。私はなれない笑顔を作ってニコッと口角を上げた。
「あ、ごめん、人違いだったかも」
そう言うとレイコちゃんはスッとまた距離を置くのだった。
実際にこれが起こったわけではない。でもそんなようなことが、ついさっき会話の中で起こった。大学の空き教室で講義のない4人がなんとなく集まってしゃべっていた。
「え、ナエちゃんいま聴いてるの“ブルダン”の新曲じゃない?」
私のスマホ画面が目に入ったのか、レイコちゃんが聞いてきた。
「あ、そうだよ。“ブルダン”の『Save Good-by』」
“ブルースダンサー”通称“ブルダン”は売り出し中の男性アイドルユニットだ。
「え〜ウチも好き〜。この前のツアー観に行った? ウチ名古屋しか当たんなくてぇ、大学サボって2泊してきちゃったんだよね」
レイコちゃんがテンション上がって早口で言ってきた。
「あ、へー、そうなんだぁ。私はあの、ライブとかあんまり興味なくて、その“ブルダン”はラジオで聴いて好きになったんだよね」
私は正直に話した。
「あ、ふ〜ん、そうなんだ……」
私の好きなものにレイコちゃんは食いついてくれた。でも会話を続けた結果、私はレイコちゃんが探していた私ではなかったようだ。私の失敗かもしれないし、レイコちゃんの失敗かもしれない。
だけどレイコちゃんが私を探してくれて、肩を掴んでくれたのは嬉しかった。私は探すのが苦手で、自分から肩を叩けない。レイコちゃんみたいに失敗しても何度も探しにきてくれる友達がいると頼もしいし、憧れる。
さっきの失敗を取り返そうとして、レイコちゃんのことを眺めていた。大人っぽいメイクをして、ロングの黒髪はいつもキラキラしている。バッグにはそんな雰囲気に似つかわしくない……、ぬいぐるみキーホルダーが吊り下げられていた。
「え、そのキーホルダーって……」
なんだったっけ。知ってるんだけど名前が出てこない。なんのキャラクターだったかな。
「あ、ナエちゃんこれ好きなの? “カナえまる”! 最近流行ってるよね」
そうだ。“カナえまる”だ。別に好きってわけじゃないけど、レイコちゃんのイメージに合わないなと思っただけで。
「レイコちゃん、このコ好きなの?」
新しいレイコちゃんが見つけられそうな気がして話を続けた。
「いや、ウチは好きってわけじゃないんだけど、この前UFOキャッチャーでさ、隣のやつ取ろうとしたらこれが取れちゃったの」
「あ、そうなんだ。それは惜しかったね」
ああ、また失敗しちゃった。
「あ、ナエちゃん好きなんだったら、あげるよ」
「え、や、そんな悪いし」
「いいのいいの、好きな人が持ってた方がこのコも喜ぶだろうし」
さすがにこの流れで好きじゃないとも言えない。レイコちゃんは自分のバッグからキーホルダーを外して、私に渡してくれた。
「あ、ありがとう」
あんまり興味はなかった。でもよく見るとかわいいキャラクターだった。私はその日から、“カナえまる”が好きなナエちゃんになった。新しいレイコちゃんを探していたら、私の知らない私が見つかった。
3/15/2025, 1:09:42 AM