「……スズ?」
イヤホン越しに聴こえた声に、振り返る。だが、そこにはゆらゆらと蜃気楼を浮かばせるアスファルトと、蝉の声しかない。ほう、とため息をついて、俺は外した片方のイヤホンを耳につけ直した。
全く、仕方がないな。いつまで経ったって、ここには君が立っているような気がする。君の色が、においが、記憶が。……君の声がする。
「おーい、兄ちゃん!」
「……お、来たか。」
ぶんぶんと、遠くから大きく手を振りながら駆け寄って来る影。弟であるそいつは、俺の目の前まで来ると、「早いね」と笑った。
「まだ待ち合わせの時間の二十分前だっていうのに。ほんと、兄ちゃんはあの人のことになると、人が変わるよね。」
「そりゃあそうだろ。……あいつは、どうなっても俺の恩人だからな。」
「…………そっか。」
騒々しい蝉の声に、弟の微かな微笑みと二人分の足音が溶けていく。俺の手には、大きな花束がある。手向けとして……あいつへの、贈り物として。
なあ、まだお前の声は聞こえてるよ。だからさ、俺からもせめて、何か受け取ってくれよ。
この花でも、話でも、俺の声でもいい。
どうか、ひとつでも、届きますように 。
2/15/2025, 2:28:24 PM