煌びやかな舞踏会。
絢爛豪華に着飾った男女が、仲睦まじく手を取り合い、優雅な音楽に合わせてステップを踏む。
そんな想像を頭に巡らせながら、私は夜風が当たる寒空の下に立っている。すぐ視界に映る建物からは温かみのある明かりが漏れ出ているというのに。
(いいなぁ~。私も会場の端っこでもいいから入りたかった・・・・・・)
そんな願望は儚く消え去る。私はただ舞踏会が行われているであろうこの建物の入口を、見張るだけのしがない警備員だ。
「おーい、新人。ちょうどいいから休憩してこい。どうせしばらくは誰もここを通らねぇから」
警備員の先輩から告げられた言葉に私は甘えることにする。女でありながら体力だけしか取り柄がない私は、たまたま運良くこの仕事に雇い入れてもらった。だからこそ空腹なんぞで支障を来すわけにはいかない。
私は入口から離れた庭先のベンチに腰を下ろす。やや高めの生け垣に囲まれているので、一人ゆっくりと食事をするにはちょうどいい。
「いただきまーす!」
持参した弁当のおにぎりへとかぶりつく。すると突然がさりと、後ろの生け垣の方から音がした。
「ぎゃっ!」
私は思わずベンチから飛び退る。お弁当を危うく落とすところだった。
見ると生け垣の間から、背を屈めた一人の青年が現れる。青年は「お食事中にすみません」と謝りながらも、生け垣を抜けて私の眼前へと進み出た。
「ちょっと匿っていただけませんか?」
「どうしたんですか?」
まさか悪い輩にでも追われているのだろうか。青年は正装に身を包んでいたが、生け垣を抜けたことで少し服がくたびれている。
「いえ、その、舞踏会に出たくなくて・・・・・・」
「はい?」
私の望みとは何とも真逆な青年の言葉に、私は初対面でありながらも思いっきり顔を顰めてしまう。
「実はあまりダンスが得意でなくて。それでも来たからには、誰とも踊らないという訳にはいきませんから・・・・・・。家族にも面目が立ちませんし」
「なるほど・・・・・・、だから逃げてきたと」
私は少々困り顔になった青年を見遣る。そして、ぴんっとあることを思い付き、持っていた食べかけの弁当をベンチに置いた。
「それなら私と踊りませんか?」
私は片手を青年の前に差し出した。
「え?」
「実は私、舞踏会で踊ることに憧れていたんです。それに私とならどんな踊りでも大丈夫ですよ。憧れてはいても、私自身ダンスはてんで素人なので」
私の提案に青年は面くらったようだ。しばらく放心したように口をぽかんと丸くしていたが、私が変わらず手を差し出していると、彼は何かを決意したように頷いた。
「そういことなら、喜んで。これで僕も、少なくとも誰とも踊らなかったことを隠すため、家族に嘘をついて繕わなくても済みそうですから」
そう言った青年の手を取る。
私と彼は視線を見合わせ、悪戯を共有した子供のように互いに笑んだ。
【踊りませんか?】
10/5/2023, 4:54:38 AM