Werewolf

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【快晴】

「晴れちゃった〜」
「晴れちゃったね〜」
 かなたとよもぎは小さなバケツと手製の釣り竿、ビーズ工作に使ったテグスの残りを持って、空を見上げていた。
 最近、子供達の間では田んぼの横の水路を遡った先にある、少しだけ森の中に入り込んだ川の、水を溜めている池のところで魚釣りをするのが流行っていた。とは言え本格的なものではない。ほとんどはザリガニ釣りになってしまっている。ただ、誰かが家庭科の時にミシンで曲げてしまったまち針を針にしてみたら、魚も釣れた。子供達は家庭科室で収集されている折れたまち針を持ち出して、池に集まっている。
「晴れるとさー釣れないよねー」
 と、よもぎが空を見上げる
「ねー」
 と、かなたもがっかりした顔でつぶやいた。そう、何故か気持ちよく晴れていると釣れない。面白いくらいかからない。なので、ちょっとつまらなくなる。
「でもさ、ミミズいっぱいつかまえたし、なんか一ぴきくらい釣れるって!」
 とかなたが言うと、よもぎはちょっと足元の石を蹴ってから、「じゃあいく」と呟いた。

 森の中、とは言え人の出入りがあるのでそこまで暗くもない。木は切られていて、根っこも掘り返されている。時々大人がここにきて、何か調べているのも見たことがあった。
「いちばんのり!」
 わっとよもぎが声を上げる。
「だれもいないね」
「かなちゃん、はやく釣ろうよ〜!」
 遠くてホトトギスの声が聞こえる。よもぎが錆びた鋏を近くの切り株の根元から取り出した。この鋏はミミズを切るのに使う。隣のクラスのゆきが置いていったものだ。他にも家庭科室から持ち出した針や、小さなマイナスドライバー、誰かの使い残りのテグスなんかも、一緒くたにお菓子の缶に入れて隠されていた。
 ミミズが切られていく。最初は嫌がっていたよもぎも、いつしか割り切って切るようになった。それほどに釣り上げた時の喜びが大きかったのだ。
 曲がった針を石でさらに曲げて、まち針の花の形になっている持ち手の部分に引っ掛かるようにテグスを結ぶ。針の先にミミズの破片を刺したら、簡易な釣りセットの出来上がりだ。
「できた!」
「……」
 隣でかたなも支度を終える。それからきょろきょろと周辺を見回した。
「まだ来ないね」
「ねー」
 みんな晴れだから来ないのかもしれない。
 よもぎが釣り糸を垂れようとしたので、かなたが「待った!」と声をかけた。
「え〜なんで〜?」
「あっちのがいいよ」
 あっち、とはシダの枝が茂っているあたりだ。水面に触れるシダの葉がゆるゆると波紋を生んでいる。
「葉っぱにひっかかるよ」
「引っかからないように、ちょっと外してたらすんだよ」
 かなたが、自分が言ったようにして釣り糸を垂らす。この池はさほど深くはないが、深くないと言っても場所によっては五十センチから七十センチほどの深さがある、と大人が話していた。三十センチの定規を足元から当ててみると、五十センチは思いのほか足が沈む。七十センチは腰まできた。これは結構怖い。市民プールの浅い方でも、腰まで浸かると、誰かの作った流れに攫われそうになる。だから、できるだけ縁のギリギリには近付かないように、木の枝の竿だけで糸を垂らした。かなたがやると、よもぎも真似て枝を垂らす。
 ここからは焦ってはいけない。他に誰も来ないなぁと思いながら、かなたとよもぎは肩を並べて座っていた。何か話そうかとかなたは考えていたが、特に思いつかなかった。
「……あ!」
 と数分もしないうちによもぎが声を上げる。しかし釣り糸が揺れている様子はない。
「かなちゃん、見て、あそこおっきいのいる!」
 と、蓬が指さしたのは、陽光がギラギラ反射している辺りだった。
「光ってるだけじゃない?」
「ちがくて〜!」
 目を凝らすと、不意に陽光の揺らめきが大きくなった。そして、ぱしゃん、と黒い尾鰭が水面に一瞬顔を出す。それは確かに、大きいようだった。
「ぬ、ぬしかな?」
「ぬしってなに?」
「えっと、その池とか、川のはんいで、いちばんでっかいやつ」
 でっかい! とよもぎは嬉しそうに笑った。
「釣れるかなぁ」
「どうだろ、竿のがおれちゃいそうだけど」
 と、かなたがぼやいた途端、よもぎの竿がぐんぐんと引っ張られた。
「あ!」
 よもぎがぐいっと引き上げると、ザリガニがミミズをしっかりハサミで掴んでいた。
「わ〜!」
 と言いながら、水路の方で水を入れておいたバケツにミミズを下ろす。
「かなちゃん、すごいねえ。晴れててもつれるんだね!」
 よもぎがにこにこと笑いながら、針についたままのミミズを小さな口に千切っては運ぶザリガニを見ている。かなたの竿は、静かなままだった。
「そーだね。よかったな」
 頭を撫でると、よもぎは楽しそうに笑っていた。

4/14/2026, 1:51:53 AM