アキヤ

Open App

 ズキン――
 胸を突き刺すような痛みが突然私を襲った。
 後輩から手渡された花束。泣くのを我慢しているような鼻声。周囲を包む、巣立ちを祝う祝歌。
 そうか……私、今日卒業するんだっけ。
 ぼんやりとしていた頭が、一気に覚めていく感覚がした。
 それと同時に、ドキドキと脈が早まっていく。
 これまで実感のわかなかった「卒業」という言葉が、鈍器になって脳を強く揺らす。
「先輩……?」
 はっとして顔を上げると、そこには先程花束を渡してくれた後輩が心配そうにこちらを覗き込んでいる。
 さらりとした黒髪。キリッとした二重まぶた。式が終わってそうそうに着崩している学ラン。
「どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもない……ただ、ほんとうに卒業するんだよなって。直くんと喋れるのも最後なのかなって思うと、ちょっと寂しくなっちゃった」
 情けない自分を隠すようにはにかんでみる。
 けれど、言葉にするとなおさら重たくなって、私の目からは隠しきれない悲しみが溢れてしまう。
「ごめ……っ、な、泣かないはずだったのに」
 堰を切ったように零れる涙は、いくら拭っても止まる気配はない。
「先輩は泣き虫ですね。初めて会ったときも泣いてませんでしたっけ?」
「うるさいっ」
「映画館出たら同じ学校の制服着てる人がギャン泣きしてるんですもん。まじびびりました」
 けらけらと笑いながら学ランの袖で私の涙をすくう姿に、ぎゅっと心臓が掴まれる。
「あれはっ、めっちゃ泣ける映画だったから! それに、直くんだって今すごく泣きそうな顔してるし!」
 あまりに面白そうに笑うものだから、ついむっとして反論する。直くんが平然としていて、どきどきしている自分に腹が立つ。
 きっと直くんは全然意識してないのに、自分だけこんなに気にしちゃうなんて不公平だ。
「別に……そりゃ、先輩が遠くに行くとか、悲しいに決まってるじゃん」
 全身が沸騰する。暑さで頭がくらくらしてしまう。きっと今の私の顔は、胸元のカーネーションのコサージュよりも真っ赤に違いない。
「なにそれ、ずるいよ」
「ずるくない。先輩がどっか行っちゃう前につかまえないと、先輩すぐ変なやつに着いて行きそうで心配なんです」
 真剣な眼差しを向けられ、落ち着かない気分になる。
「ごめん、直く――」
「やだ」
 遮る声に戸惑いが隠せない。
「先輩の行く大学の法学部ってけっこう良いとこなんですよ。俺、そこ行くから」
 花束を持つ私の手を包んで、直くんは意地悪そうに微笑んだ。
「だから覚悟しといて。来年になったら迎えにいくから。そしたら、年齢とか将来とか無視したちゃんとした先輩の返事聞かせてくださいね」


No.13【心のざわめき】

3/15/2025, 10:54:22 AM