罠話

Open App

嗚呼、忙しい
休む暇もありやしない

社会人として働き始めてからはや12年
とある会社員として地位もそこそこに、安定した生活を送っている
しかし今、私を襲うのは大勢の新人導入をした事による教育係の不足。私もその教育係の1人として今日も駆り出される、だが人数が足りない。
私は東奔西走させられ、毎日元の部署から出張、出張、出張。帰るのはいつも11時を過ぎる

「残業代あるだけマシか……」
そう言い聞かせ今日も夜道を歩く
10月上旬、外はだんだん肌寒くなっている
いつまでこの生活が続くのだろう
教育係だからと言え自分にも仕事は来る、それを捌きながらと言うのだから酷なものだ
自然とため息が出る
……

ふと、目の前に駄菓子屋が見えた
「まだやってたんだ、ここ」
昔、まだ私が幼い頃からあるこの駄菓子屋は、穏やかな老夫婦が営んでいる
「……お菓子、買おうかな」
日々の疲れによるものなのか、無性に何かに縋りたい
駄菓子屋というものはだいたい、夜の8時には閉まるイメージがあったが、今日はまだ開いているようだ
暖簾(のれん)を潜り中に入る
「あら、いらっしゃい、」
小さい頃に見たおばあちゃん、今となってはもう顔がしわくちゃになっている
「こんばんは…、」
軽く会釈を返す。
さすがに覚えているはずもないだろう、子供から大人への変わり方というものは絶大だ、顔も身長も洋服も何もかもが変わっている
何か食べたいものはないか探してみる、すると
「今日はね、本当は8時で閉めるつもりだったんだけど、なんだかね」
突然おばあちゃんが喋り始めた
「なんだか、誰かがお菓子を買いに来るような気がして、開けておいたの」
微笑みながらそう呟いた
「そうしたら、えみちゃんが来たの、開けておいてよかったわ、最近はどう?」
ゆったりとしたテンポでおばあちゃんは話した
えみ、恵美、佐々木恵美。私の事だ
私の名前を呼んだ、呼んで話を続けている
「おばあ、ちゃん、私…私ね、」
懐かしい空気に包まれて涙が出そうだ
今までの苦労が全て浄化されそうだ
子供の頃に戻った様に、好きだったお菓子をカゴいっぱいに入れて、レジにいるおばあちゃんの元へ向かった。
「ねぇ、おばあちゃん、私、お話したいの…」
誰かに話を聞いて欲しい
「ここ、座ってもいい?」
いつかの日も、ここに訪れては今日あったことを話した
あの頃は、楽しかった
あの頃は、悩みなんてなかった
あの頃……のように
「もちろん、お茶も持ってきてあげるから、待っておいてね、お菓子もあげようね」

嗚呼、忙しい、休む暇もありやしない
けれどそんな日々の中
こんな束の間の休息が
私をまた1つ、大人にしてくれる

束の間の休息

10/8/2024, 2:09:17 PM