ゆかぽんたす

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「ふぃ〜」
ようやく座れた。拍子に変な声が出た。オヤジくさいな、と自分でも思うけど今は1人だし気にしない。
「さて、と」
駅前のマック。学校帰りに寄り道して、そんなところに居るのには理由がある。本日は私の推し、“INFINITY MELODY”のボーカル、榊󠄀原リヒト様の誕生日なのだ。朝からSNSをくまなくチェックして、登校中はリヒト様の曲を聴き、一旦学校ではお祝いモードがお預けになった。授業早く終われとウズウズしながらようやく放課後になり、駅ビルの中にあるTSUTAYAで予約していたバースデー記念の写真集をゲットし、もうその時は居ても立ってもいられなくなってしまった。このままでは危うい。家に着くまでに一旦リヒト様を充電しなければ、と本能的に思ってマックに駆け込んだのである。
「うわぁ〜」
袋から半分ほど出して写真集をこそこそ眺める。まるでエロ本を初めて買った中学生みたい。でも、1番端のカウンター席だから左右を気にする必要はない。気をつけるとするならば、私の真後ろだけ。
「わー。俺だ」

え。





ょ。

人影が写真集にかかって。リヒト様の麗しい顔が見づらいじゃんいったい誰よこんな迷惑なことするやつは。って思って振り向いたら。
「リヒト……さま」
「うん。俺。写真集買ってくれたんだ。ありがとー」
待って私の頭おかしいの?後ろから声がして、リヒト様の写真集を死守しようとしたらなぜかホンモノが居て。なんてことなく私の右隣座ってるよ?なんで?
「ねぇ、これ食べないの?」
「あ、」
リヒト様は私の前にあるナゲットの箱を指差す。写真集眺めるのに食べてたら絶対汚すから、ひと通り拝み終わってから食べようとしていた。いや、ていうか待って、ほんとにホンモノ?本人?
「食べていい?」
「え、あ、はい、どーぞっ」
わけがわからないままなのに私は返事をしてる。リヒト様(仮)は、ありがとう、と言ってナゲットを食べ始める。俺バーベキューソース派だから嬉しい、と言いながら、幸せそうに、食べるその横顔は――
「リヒト様だぁ…………」
間違いない、ホンモノだ。ニット帽を被って伊達メガネをかけてるから一見分かりづらいけど、ちゃんとこめかみのホクロも口元のエクボもある。これはもう、正真正銘ご本人様です。眩しすぎる。やばすぎる。私、語彙力無さすぎる。
「ああああああの、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
「写真集、ステキでした」
「ほんと?良かった」
信じられないよ。リヒト様と会話してるじゃん私。目が合ってるじゃん。ナゲット、食べさせてもらってるじゃん。え?食べさせて、も、らっ……?!?!
「はむむ!?」
「キミも食べなよ。ていうかキミのナゲットなんだけどね」
リヒト様が私の口にナゲットを入れる。その瞬間にその細くて長い指が唇に触れた。あぁ、もう、だめかもしれない。もし、時間が止まる魔法が使えるならまさしくここだと思う。この瞬間を永遠にしたい。でも私の心臓もつかな。多分無理だと思う。貴方が好きすぎて、尊すぎて、
「死、ぬ……」
「え?何?」
「……はっ、いえ、何でもありません。あの、いつも応援してます。これからもがんばってください、ずっとずっと大好きです!」
「ありがとう」
死んでる場合じゃないのよ私。取りあえず、伝えたいことは言えた。力の限り伝えた私の言葉を聞いて、リヒト様はありがとう、ともう一度行って(ただし2度目はウインク付き)、マックを去っていった。こんなミラクルが起こるものでしょうか。私は暫く動けなかった。1個だけ残っていたナゲットを食べる。うん、美味しい。やっぱり夢じゃない。ナゲットで夢か現実かをはかるのもおかしな話だけど。

私の恋はバーベキュー味。
もうこの先、マックナゲットはバーベキュー1択。
そう心に誓ったのだった。

9/19/2023, 12:51:19 PM