かたいなか

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「書 け る か!」
日常ネタ風の連載形式で投稿を続けてきた某所在住物書きは、配信された題目に天井を見上げ、絶叫した。
音楽だそうである。誰かが奏でるらしい。
そのシチュエーションは明らかに物書きの不得意とする「エモいお題」に違いなかった。
物書きはエモネタがただただ不得意であった。

「アレか、このアプリ絶対エモネタ書かせるマンか。いいぜこうなったらエモエモのエモ書いてやる」
今日中に読める内容のノンエモ閃いたら、ソッコーで投稿し直すからな!物書きの顔は羞恥に灼熱し、己の執筆傾向とその絶対的な不得意を明示していた。

――――――

誰かが執筆した同人小説の1〜2ページ。

耳と手と背中を刺す極寒。
視界の奥行きも、幅も制限する風雪。
夕方降り積もったパウダースノーが、居座る寒気と低気圧に促され、質量ある空気として、
大樹の下で悪天候をしのぐ青年の、制服たる黒スーツと防寒用の白コートを押してくる。
開けた雪原には、古いボロ小屋ひとつと、少し離れた場所に大きなヒノキが1本だけ。
ビュルルルル、ルルル。
氷雪含む風の奏でる音楽は痛覚を伴い、暴力的。
小屋に隠れ息を殺す男の釈明を代弁するように、風が冷気が氷の粒が、黒スーツの胸を叩き続ける。

夜の地吹雪である。天上に雪雲は無く、星と満月が、冷えた冬空を飾っている。
ホワイトアウトは空の下の些事。
風の音が騒がしいのも、雪が飛んでせわしないのも、ましてや、これから繰り広げられるであろう人の子同士の喧嘩など。彼等はまるで意に介していない。
それらはただ静かであった。

『兎が「曲」を「奏でる」前に、全部終わらせろ』
雪国の片田舎に逃亡した元同僚の機密窃盗犯「兎」、多田野 藻部太郎を追い、体感零下2桁の真っ只中で張り込みを続けている「ツバメ」、主神 公助。
上司の条志、「ルリビタキ」から、持ち出された機密の回収と、藻部太郎への「懲戒解雇処分」執行を言い渡されている。
『「演奏」が始まったら、アレを止める方法は無い。Wi-Fiオフライン関係無く、可聴範囲すべてのセキュリティを乗っ取り、鍵はことごとく壊される』

「演奏」とは文字通りの行為。鍵盤に指を置き、押し、音を出すこと。現代科学で説明不可能な振動は、未知の性質を伴って空気を伝う。
そして約30デシベル以上で聞こえる範囲すべてのCPU、MPU、AP等々内蔵機器を掌握する。
全精密機器共通のマスターキーないしコントローラー同然の「音楽」を兎は持ち出し、逃げた。

公助の端末に条志から連絡が入ったのは、夜も夜、22時を過ぎた頃のこと。
『お前の失敗は、つまり安全と平和の終わりだ』
スピーカーから聞こえるのは淡々とした上司の声。
『発……可は……。…………も構わん。確実に……』
話の途中で、音声が途切れる。
天候の影響か、田舎ゆえの電波の弱さか。
「申し訳ありません。電話が遠いようです」
聞き取れない。 風に持っていかれたフードを掴み、被り直し、公助は少し大きな声で要請した。
「もう一度仰って頂けますか、ルリビタキ部長?」

…………………………

「――あっ、なるほど、この先が抜けてるから『落丁本』で無料配布だったワケか」
都内某所、某アパート。
かつての物書き乙女、元夢物語案内人であった社会人が、某同人誌マーケットの戦利品を1冊1冊愛でて昔を懐かしんでいる。
「やっぱお金、ケチるべきじゃないな。有料の完全版貰っとけば良かった……」
乙女が読むのは通称「ツル」または「鶴」。
あるゲームにおける、「ツバメ」公助と「ルリビタキ」条志の、黒白ないし黒瑠璃主従。昔も昔、過去作3月18に登場していたネタである。
噛ませ犬ならぬ噛ませ「兎」は、まさかの6月28日投稿分の「黒いウサギ」が再登場。
鶴も兎も、詳細は割愛する。要するにこの乙女の心の滋養であり、妙薬である。

「で、コレがラストでツー様が奏でる予定の音楽?」
一読通して、再度前書きから読み直し、目に留まったのは、筆者が指定する実在のフリーBGM。
「ツー様、この展開から『曲演奏する』って、裏切るの?それともウー君が弾いた後の解除キーか何か?」
推しの奏でる音楽は、一体どのような結末をもたらす予定であったのか。
乙女は指定のBGMをダウンロードし、早速リピート再生しながら、結末欠ける物語の2周目を味わった。

8/13/2024, 3:02:37 AM