「本当にいいんでしょうかねぇ」
バスの座席に腰を掛けた老婦人は、ゆっくりと口を開く。
「私だけバスに乗ってしまって。他にもこれに乗りたかった人がいたかもしれないのに」
わたしは彼女の顔を見つめながら首を振る。
「いえ、大丈夫ですよ。それにバスはまた次のがすぐに来ますし」
そうですか、それなら良かったと安心したような表情になった婦人に、わたしは穏やかに語り掛ける。
「どうでしたか、今度の旅は」
「ええ、とても良かったですよ。私には勿体ないくらいの想い出です」
「けれど、ずいぶんとご苦労もなさったのでは?」
「まあ、確かに楽しいばかりではありませんでしたけれど・・・・・・、それも含めて良い旅でした」
「それはそれは。そう言っていただけると、わたしもこのバスに貴方と一緒に乗ったかいがあります。・・・・・・あ、ご婦人。そろそろ到着するみたいですよ」
わたしが気付いたのと同時にバスが停止した。車体のドアが開き、婦人が優雅な所作で立ち上がる。
「では、これで。ここまで送っていただき、ありがとうございました」
婦人がバスを降りる前に、わたしのほうを振り向き丁寧に挨拶をする。
「いえいえ、わたしのほうこそ、ありがとうございました。どうか、良い、死後を。そして、来世を」
わたしが手を上げると、婦人が降り、バスの扉が閉じた。
わたしはわたしと運転手だけになった車内で静かに座席に座りながら、次の乗客を待つことにした。
【終点】
8/11/2023, 6:23:26 AM