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「太陽のような」

 満天、といっていいほどの、星空だった。
 静かで、それでいてうるさいほどの光。明るく、地を光で染め上げるような。
 緩やかに、それでいて速やかに見せる角度を変えていく。暗闇にいるような、それでも、どこか明るいような。そんな不思議さを、物語っている。
 ……また、星がひとつ、出る。それは地平線から姿を現し、遥か彼方まで照らし出す。
 そんな、ただただ明るい夜を、僕はずっと眺めていた。


 星が好きだった。自分よりずっとずっと昔に生まれた光が、今現在、自分に届いている。そんな不思議さと奇怪さが好きだった。
 新しいはずなのに、新しくない。自分が生きているのに、あの星は? 自分自身の存在と、感覚がわからなくなっていく、そんな夜が、好きだった。

 屋根の上から、今日も星を見上げる。屋根に登るのは好きだ。一番、天に近くなった、気がするから。
 手が届きそう、何てことはなくても、一番近くで観れている気がするのだ。
 風がビゥ、と耳元を掠めた。少し鳥肌が立って、ブルリ、と震えた。
 今は冬。真冬、といっていいぐらいの時期である。太陽が、四季のなかで一番遠くにある時期は過ぎたといえど、それでもまだ灯火は遠かった。


 星を見上げる。今は冬の星が見頃だ。いつもよりも明るい星が、僕を照らした。
 あれは、オリオン座。一番見つけやすい、といっても過言ではない。ベテルギウス、リゲル、という一等星が二つあり、そのうえ赤と青という、反対の色をもつ。見つけやすいに他ならない。

 四角の中に、三ッ星があり、そこが、ベルトを形作る。形としても有名で、どこがどうして有名になったのかは、気になるところだ。……やはり色か、形だろうか。

「なーがーしかくにてん、てん、てん」

 いつか誰かに教えてもらった言葉が、自然と口に出る。呟きに近かったが、夜の空はシン、としていて、思ってた以上に虚空に響いた。

 その左と下にあるのが、おおいぬ座と、こいぬ座だ。きっと、犬好きの人間は喜ぶに違いない。……ねこ座はないというのに。
 こいぬ座は、プロキオン、という一等星をもつ。星の数が少ない星座といえど、小ぶりで輝く姿は、美しい。

 おおいぬ座は、シリウスと呼ばれる一等星をもつ。全天のなかで、一番明るく光る、夜の恒星だ。青白く輝く姿は、スポットライトなど、要らないという、主役級の光だった。


 そして、その真下にあるのが……『アダラ』という星である。
 多くの人は聞いたことすらないだろう。当然だ。そこまで有名でもない、そんな星なのだから。
 この星……アダラは、2等星のなかでは最大の明るさを誇る。言うなれば、「2等星の中で一番明るい星」である。
 へーそうなんだ。普通ならそれで済まされてしまうだろう。そんな、目立たない星。

 でも目立たないのは、あの、シリウスのせいなんじゃないか、と思う。真上にいる、明るすぎるシリウスの。
 彼が目立っている間は、アダラは光っていても、見つからない。見落とされてしまうのだ。シリウスのことがわかっても、自分のことは見つけられない。

 周りに一等星が居すぎるのも酷だ。
 冬の星は、一等星が多い。全天で20個ほどしかない1等星のうち、冬の星座の中には7つの星が該当する。
 紹介した「ベテルギウス」「リゲル」「プロキオン」「シリウス」のほかにも、ぎょしゃ座の「カペラ」、おうし座の「アルデバラン」、ふたご座の「ポルックス」といった風だ。ふたご座に関しては、ポルックスのとなりにも、「カストル」という見つけやすく、明るい二等星が存在する。


 アダラが見つからない。それはそうだろう。こんなにも全天が明るいのだから。
 1等星に一番近い、明るさを持っているはずなのに、1等星で一番明るいシリウスが近くにいるから、ひっそり煌めくしかない。

 そんなアダラが、僕は一番好きだった。


 どうして、周りと比べるの? ……別に比べてなんかいないよ。ただ、君は他の人に目を向けてないだけだ。その人を知れば、自分をどう思っているか、わかるよ。
 ……そんなの、社会はそういうものなのだからしょうがないだろう? 一番目立つ、一番良いやつが選ばれる、そういう世界なんだ。

 なんで、誰も遊んでくれないの? ……え? ああ、そうだったんだ。君は忙しいのか、遊びたくないのか、そんな風に思ってた。
 ……しょうがないんだ。アピールしてくるやつの方がわかりやすい。自分だって、遊びたい、と思うだろう? なぁ?

 なぜ、話しかけてくれないの? ……いつも話しかけてるつもりだよ。なんというか、話さないかなぁ、と思って。話題とか、合わないかな、ってさ。
 ……話しかけてきた方が、楽だろう? 自分から話しかけに行くよりも。というか、難しそうな本とか読んでいて、話しかけづらい雰囲気を出しているのは、君の方だろうに。


 分かっている。皆から嫌われていることは。皆から疎われていることは。
 誰かに、自分から話しかけに行かなければ、誰かが話してくれることがない、なんていうのは。

 それができなければ、友達を作ることすら、難しいこと、なんて。
 分かっている。解っている、はずなんだ。自分がそういう人間だっていうのは。

 解っている、はず、だというのに。なんで、そんなことしなくちゃ行けないの? なんで? なぜ? どうして?
 他の人はそんなことしなくっても、自然と周りに友達が集まる。休み時間なんて、友達に囲まれている。

 確かに、僕は、物事を考えすぎる。考え始めると、止まらなくなる。哲学が好きで、天体を観て考えることが趣味の、そんな人間。

 でも、でも。それは違うんじゃないか? 周りと比べて、ああ、こっちの人の方が付き合いやすそうだな、ていうのはある。それぐらいは、僕にだって。

 でも、話しかけにも来ないくせに、やめよう、って。話しかけに行かないと行けない状況を無理矢理作るのは。遊んでくれない、状況を作り出すのは。

 いつも、苦しかった。辛かった。教室に居場所なんてないように感じて。どこにいたって、自分は見つけてもらえないような気がして。

 そんな時に、見つけた星が、アダラだった。
 主役級の光が近くにいて、それでも負けじと光る。2等星と判断されたって、その中の一番になる、そんなアダラが。

 もちろん、星にそんな意思があるわけがない。でも、そう思っていると、考えてしまう。そう思っていて欲しいと、押し付けてしまう。

 ただただ、光っているだけのその星……アダラが、僕にとっての希望の星だった。

 ただ、それだけのことなのだ。


 星はまだまだ光っている。もうすぐ、朝日が昇ってしまうというのに。田舎ではなくとも、周りに人工の光がないからか、とてもきれいな、満天の星だった。

 月は細い。前日が新月であったためか、否か。そのためか、月よりも、星の方が大きく見えた。
 光が世界に降り注いでいるように。


 別に、太陽のようなんかじゃない。太陽が出てしまえば見えなくなってしまうほどに、弱くて、小さい。
 でも、それでもいいんじゃないか?明るくなくたって、見えなくたって。

 気づかれなくても、そこで、一生懸命に、生けていれば。周りにきらびやかな星があろうと、存在さえ、していれば。

 羨まなくたっていい。望まなくたっていい。「居る」ことの存在証明さえ、あれば。

 その周りに誰がいようと、自分が居る、そのことが。
 

 うっすらと、東の空が明るくなる。そこにあるのは、明日だ。赤く、白く、朝日が世界を照らす。

 ああ、きっと、星は見えなくなる。朝日は、全てを惑わせるほどの光だった。
 シリウスなんかよりも明るい、全てを隠す、その光。


 もう、アダラは見えない。僕のような星は。でも、きっと、きっと。
 明日も見える。明日も、そこで輝いているに、違いない。


 今日は、一番に輝く星じゃない。小さくとも儚げに輝く、アダラのような星を、見つけよう。

 自分にしか見えない世界で、シリウスよりも先に、アダラを見つけ出そう。

2/23/2024, 5:36:14 AM