/涙の理由/
放課後。教室に入る前に、ドアのガラス箇所からなんとはなしに中の様子を伺うと、二階堂君が机に突っ伏して寝ているのが目に入った。夕日が差し込んでオレンジの教室にいる彼は、一人でいるより独りに見えた。あまり放課後に残るイメージが無いからだろうか、珍しいなと若干の疑問がありつつガラッとドアを開ける。
瞬間飛び込んできた音に耳を疑う。
鼻をすする音。しゃっくりをあげる音。
(やばい)
二階堂君が泣いている。
ドアの音に反応したのか、夕日に照らされた背中をビクッと動かした。
暫し、私と二階堂君の時が止まったような気がした。その間、私は次の行動を考えていた。
ここで引き返すか。いや、引き返さない方が正解なのか。声掛ける方が自然か、いやでも。あ、まずい、目が合った。
「ごめん。問題集取ったら直ぐに帰るから」
まじでごめん本当にごめん、と思いながら急いで自分の席に移動する。
どこにやったっけな、と机の中をゴソゴソと漁っていると、どうやらその間に体勢を整えたのだろう二階堂君が声を掛けてきた。
「いや、こっちこそビックリさせてごめん。問題集って数学の?」
「あ、そうそう。宿題出てたのに忘れてて」
「取りに戻るの偉。葉山真面目だよね」
「全然全然、本当に全然全然」
「何回全然言うの」
ハハッと二階堂君の笑い声が聞こえて、思わず顔をそちらに向ける。
「確かに。全然言い過ぎた」
一連の行動が本当に気遣いの人だよなぁ、と思ってその優しさに甘えて私もちょっと笑った。
私と二階堂君はそこまで仲良くない。いちクラスメイト、そんな付き合いだ。彼の目元が赤くなった理由は、部活で何かあったか、家族で何かあったか、噂で隣のクラスの子が好きって聞いたからその事か。全部予測でしかなくて、本当のところは分からない。
話しながらも引き続き手を動かしていると、お目当てのものを見つけれた。
問題集あったから帰るね、と二階堂君に言うと遠慮がちに名前を呼ばれる。「さっきのさ、」と聞かれたところで言い出す事が分かったから、
「うん、おっけー」
と返事をすると、二階堂君は一瞬呆けた後また笑った。
「まじ葉山で良かったわ」
帰り道。一人歩きながら、やっぱり教室に入ったこと申し訳なかったなと思い呻き声が漏れる。あの場所での最適解はなんだったのだろうか。彼はまだ泣いているのだろうか。涙の理由を私は知らない。
角を曲がると丁度夕日が眩しくて思わず目を瞑る。
瞑った目の奥で、オレンジ色のあの背を思った。
10/10/2024, 12:01:36 PM