-ぼくの心臓の鼓動の速さ 2-
「不安なことはありますか?」
やけに黄色い診察室でそう聞かれ、思わず
「原因はなんだろう‥と、それだけが不安です」
看護師さんにそう伝えた。
時計は八時半を指している。
今日は病院に、二十四時間心電図を付けにきた。
開院前の病室で、ボサボサ頭のままベッドへ案内される。寒さのせいでなかなか起きれず、実は五分遅刻をした。
心臓に問題があると判明したのはつい数日前の事で、詳細を調べるためにはこの検査が必要らしかった。
異常なリズムを刻む鼓動の経過を、二四時間体制で見るそうだ。(もはやリズムを刻んでいるとも言えぬ不安定ぶりだが)食事や運動の制限は特に無く、普段通りの生活でどのように心臓が動くのか経過を見たいらしい。
ペタペタ、と管が繋がったシールを体の至る所に貼り付けられる。その管は、手のひらより小さな機械に繋がっていた。その小さな機械こそが、'心電図'らしい。
こんなにも小さいのかと、今の医療の進歩に驚く。動いても落ちないよう、心電図をベルトで腰に固定した。
「激しい動悸や胸の痛みがあったら、このボタンを押してください。こちらに記録として届きます」
そう言い看護師さんが渡してきたのは、これまた小さな機械だった。ナースコールでよく見かけるボタンを押すやつに似ている。大きさはまたしても小さい。これも、腰にある心電図と管で繋がっているようだ。腰からおへその上を通り、ワイシャツの襟から管を引っ張り出された。
「痛みがあればいつでもボタンを押せるように!」と、襟から出た管をブラブラと服の上に垂らしていなければいけないらしい。ゆらゆら揺れるそれを見て、こんなにも恥ずかしいものを1日我慢するなんて‥と少し不快な気分になった。
最後に記録シートを渡された。
食事をした時、用を足した時、階段を登った時等、生活してれば当たり前にするであろう全ての動作を、ここに記録して欲しいとの事だった。(これが想像以上に大変だった)面倒臭いな‥と思いつつも、二四時間の辛抱だと言い聞かせ、診察室を出た。
以前は「おだいじに」と笑顔で声をかけてくれた会計の事務さんも、「‥また、お待ちしてます」とどこかよそよそしい。僕の病状を知ったからだろうか。日常の細かな当たり前が、僕の見える範囲でも既に少しずつ変化していた。
病院を出ると、二月はこんなにも寒かったかと驚いた。風は刺すように冷たい。見上げると、空は雲ひとつない快晴だ。澄んだ空気を思いっきり吸い込む、新鮮な空気が僕の体を巡っていくのが分かった。
母は今頃職場だろうか、大変な仕事を任されてないといいが。病気が分かってからというもの、なにげない瞬間に家族のことを考える時間が増えた。
今の僕にとっての一番は、どうやら家族らしい。
返信をしないと有名だった僕は、家族と毎日連絡を取るようになった。命に終わりがあるかもしれないと思う事で、何気ない一挙手一投足が変わっていく。大切なものとそうでないものがはっきりとわかるようになったのだ、人も、ものも、出来事も全て。
自分の心に正直な取捨選択だけをして生きる。それが毎日をこんなに楽しくする事を、僕は今まで知らなかった。
「大丈夫?」
スマホに、母からのライン。
病気が判明してからというもの、この言葉を毎日見るようになった。今では日課の一つである。
「なにが?笑」
何を心配しているかなんて事は、分かっている。
もちろん僕の体調の事だろう。けれども強がりでとぼけたラインを返信した。
負担に、なっていないだろうか。
余計な心配をかけてしまっている自分自身が、とても情けなくなる。ところで家族の前で強がる僕の癖は、どうやら病気が判明してからも変われないらしい。
「子供だな」
そんな自分に呆れ笑いをし、ゆっくりと歩きだす。
「ごめん、遅刻するわ」
既に学校に到着しているであろう親友にラインを入れ、小走りで駅に向かった。
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こんにちは、余白です
寒い日が続いてますね‥
皆様体調は大丈夫でしょうか
私は最近食べることが大好きで(突然関係のない話笑)
昨日、食べる辣油(人生で初めて買いました!ニンニク抜きだけど‥本当はニンニク好き!)
と韓国海苔を買い、サラダを作って食べました。
これが絶品で、サラダをいくらでも食べられちゃいそうです。
みなさん好きな組み合わせ料理はありますか?
(これは料理と言わないかな笑)
また色々食べたことないものを食べてみようと思います。
今週もお仕事、学校、生活、お疲れ様です🪷
今日も皆様にとって素敵な1日になりますように‥
余白
僕の心臓の鼓動の速さ 三
学校に着くとすでに一限は終わっており、ちょうど二限が始まる前の休み時間だった。
「うぃ〜」
このふざけた挨拶をしてきた男は、僕の親友の今泉秀矢(いまいずみ しゅうや)だ。
今泉は180センチもあるので、僕と並ぶとその差は25センチになる。いつもセットで歩いているが、僕らは兄弟のように見えるかもしれない。けれども僕の身長は伸び代しかないので、これから驚くほどの成長を迎えて(もう高校ニ年生だが僕は少しも諦めていない)この大男に並ぶ日が来るかもしれない。
今泉はだいぶ華奢だ。ガリガリという訳ではないが、筋肉はあれども骨が細いのだと思う。だから180センチもあるのに、巨体、と言う感じではない。(圧がない大男だ)そして顔が異常に小さい。足も長く、モデルのバイトでもできそうな程のスタイルだ。隣にいるとなんとなく釣り合っていない気がして、気が引ける瞬間が多々ある。
「おはよ。昨日、大丈夫だった?」
椅子に腰掛けながら僕が聞くと、前の席に座った今泉がニヤっと笑いながら振り向いた。
「もう、死ぬよ。あれ」
バスケの強豪校であるうちの高校は、インターハイ出場者がとても多い。もちろん今泉もバスケをするためにうちの高校へやってきた。卒業生にはスカウトで大学に行った様な人たちがたくさんおり、OBとしてたまに練習に来てくれたりするらしかった。
昨日は丁度その日だったようで、なかなか家に帰れなかったとラインが来ていた。
朝から疲れ切った様子の180センチ男は、立ち上がってひょいと自分の机に腰掛かけた。
その長い長い足を、ぶらぶら揺らしはじめる。
「てかなにそれ?」
今泉が、僕の胸の辺りを指差した。
「あぁ、これか。
なんか、24時間心電図っていうのをつけなきゃいけなくてさ」
揺れていた今泉の長い足が動きを止める。
「‥大丈夫なの?学校来て」
「いや、むしろいつも通りの生活をしてほしいんだって。だから体育もやるし、むしろ運動とかして欲しいって言われたんだよね」
「ならいいけど」
ブラブラと、今泉が長い足を再び揺らし始めた。
普段からあまり動揺しない様に見える彼の表情が、心電図の話をした時に一瞬固まったので驚いた。
この大男も、動揺とかしたりするんだな。僕はなぜだか少し、申し訳ない気持ちになった。
窓の外を見る、綺麗な快晴が広がっている。こんな日は授業なんか抜け出して、散歩にでも行きたい。このまま抜け出して、学校なんかサボってしまおうか。
「もうすぐ桜の季節か」
外を眺めながらそう呟くと、
「あー、たしかにな」
明らかにてきとうな相槌が返ってくる。なにやら今泉はスマホゲームを始めたようで、片手間で相手をされていることに少しむかついた。それでも僕は会話を続ける。
「桜って好きなんだよな。
なんでか、やけに好きなんだよな」
「へぇ〜」
「でも年々春が短くなってるし、桜の寿命も短くなったりするのかな」
「あ〜ね」
‥。
RPGゲームのキャラボイスが聞こえてくる、なんててきとうな男なんだ。
「行く?花見」
僕の方なんて見向きもせずに今泉が言った、ゲームをしながら。
「行くか、咲いたら」
‥RPGの爆撃音が聞こえる。
こいつなりの心配の仕方なのだろう、全く素直じゃないやつだ。
僕は嬉しくて少し吹き出してから、
「いいね、いこう。誘えよちゃんと」
と答えた。
何も考えていない様に見えて誰よりも周りを見ているこいつは、強く大雑把な大男に見えるけど、本当は繊細で優しい奴だ。
二年間同じクラスだったことで、いろんな場面での今泉を見てきた。学校という長時間に渡る生活を共にしていると、当然人に見せたくない部分も見えてくる。嫌なことがあった時、焦った時、その人がどんな行動を取り、どんな言葉を放つのか。つまるところ、人間性が分かる。
僕たちは今、互いの人間性を充分理解した上で一緒にいるので、気心の知れた居心地の良さがある。
それにこの二年でよく分かった。
こいつ、とんでもなくいい奴なんだ。
そして今泉の良いところはそれだけではない。こいつはとにかく面白い。なんでも笑いに変える力がある。
今泉のそんな性質が、今の僕を救っている。ポジティブで楽観的な方だとはいえ、正直不安な気持ちが無いわけではない。瞬間瞬間では大したことがなくても、積み重なればかなりのストレスになる。けれども学校にくるたびに、今泉が僕を笑わせるので、嫌なことなんて吹き飛んでしまう。僕の毎日が笑いに溢れているのは、今泉のおかげでもあると言っても過言ではないのだ。ここまで褒めると僕が今泉に恋をしているのでは?と思われそうなので言っておく。僕の好きな人は、決して今泉ではない。(何度でも言おう、断じて違うのだ)
「っし、着替えるかーーーー!」
ゲームがキリのいいところまで終わったのか、ひょいと机の上からジャンプした今泉が言った。二限は体育か。面倒臭いが、今日はバトミントンの日なのでまだマシか。重い腰を上げジャージを取りにロッカーへ向かう。
「‥っ、。」
‥またか。
胸の機械のボタンを押す。
これで今日、何回目だろう‥。
こんなにも痛みを感じている状態で運動なんてしていいのだろうか?
「‥これで死んだら恨むぞ、医者。」
医者に文句を言っていると
「おいいくぞ」
ジャージ姿の今泉に背中を叩かれた。
僕は慌てて机に戻り、制服を脱いだ。
2/14/2025, 1:27:29 AM