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目が覚めると、髪の毛が短くなっていた。
昨日まで肩よりも長かった金色の髪が、後ろ髪がシーツに散らばることがないほど短く、代わりに前髪が目の上に掛かっている。
「……え、」
思わず漏れた声はいつもより心なしか高かった。
記憶を思い出してみる。タイムターナーのような、美しい時計のペンダントに触れた気がする。でも本で見た希少なタイムターナーの見た目よりも、もっと繊細で美しく、銀色に輝いていたような気がする。
そんな思考も、鏡の前に立った瞬間に吹き飛んだ。私は、…僕は今はもう懐かしい学生寮の中に立っていた。そしてその中に白い細い幽霊のように浮かぶ僕は、今よりも幼い顔立ちをしていて、瞳がグレーに輝いていた。
学生時代の僕だ。思わず左腕の袖を捲り上げて見る。一生消えることのない闇の印がある筈の、その左腕には、真っ白な肌があるだけで、そこには何も無かった。
僕は呆気にとられた。タイムスリップをしてしまったというのか。しかも、自分の存在ごとだ。そんな高度な魔法が一体どこにあり、誰にできるのだろう。僕の脳裏に、あの優しい瞳をした、綺麗な白い髭を生やした、偉大な魔法使いの姿を思い出す。
そうか、あの人は今、ここにいるのだ。あの人は今、この時代で、生きているのだ。僕が15歳なのだから。僕の腕に闇の印がないのだから。
「ハハハ、」と乾いた笑いをする。こんな静かな笑みでさえ、どこか輝いている。
僕はどうせ、またあの人に頼るしかないのだ。
あの人なら僕を元の時代に返してくれるのだろう。
あぁ、どの顔をして助けてくれなんて言えばいいんだろう。
項垂れて、どれくらい経ったんだろう。
朝を告げるチャイムが鳴った。
今は、この時代の僕を過ごしてみるか、と思った。軽はずみな考えかも知れないが。
教科書をまとめて、部屋を出る。
クラッブとゴイルが僕の後を寝ぼけ眼でのろのろ付いてくる。僕の真後ろで、火に呑まれて死んだクラッブが生きている。胸が苦しいと思った。ゴイルともいつ会ったぶりなのだろう。でも澄まし顔で威張った傲慢なふうを装って歩く。僕はこの時こうだったはずだ。すれ違う学生たちのひとりひとりが懐かしい。もう僕が一生声をかけられない者ばかりだ。ホグワーツの戦いで、死んでしまった奴らにも多くすれ違う。その度に、罪悪感で心がキリキリと痛む。
彼らは今この瞬間はまだ生きている、この瞬間はまだ僕の友人で、学友で、ライバルで、でも敵というそんな大それたものとなっている者は誰もいない。学生も、先生も、そして建物も、あの頃のままだ。何も失われていない、失われることなど誰も夢にも見ていない、今はもう、記憶の中でしか存在しない景色だ。
風が吹いて、僕の髪を揺らす。そしてそっと、僕は振り返った。
時が止まったように感じた。
赤毛と、もじゃもじゃの髪の真ん中に、黒いあちこちに跳ねた髪が見えた。おでこに稲妻の傷跡がある。赤毛が僕の方に気がつき、次いで彼が僕に気がついて、げえ、といやな顔をする。横のグレンジャーが、無視よ無視、と彼に言っている。
彼は僕と最後に会った時よりもずっと幼く、そして僕の記憶に鮮明に残っているそのままの姿で、そこにいる。
息子も、妻も、英雄という肩書きも、何も背負っていない、僕と穏やかに話したりしない、ただの、ーただの僕のライバルでしかない、ムカつく奴でしかない、ハリーポッターが、いた。
僕の目から、ぽろぽろと、涙が溢れる。溢れて、溢れて止まらなくなる。
緑色の目が、見開かれる。
「ハリー、」
自然と、口から零れていた。
「久しぶり、ハリー。君に、君に言いたいことがあるんだ」
涙のように、口から言葉が溢れた。
緑色の目が、驚きに染まった。
「僕と、友達になってくれないか」
ぽろぽろ涙を流しながら、優しく微笑んで、苦しそうに、そんな世迷いごとを、僕は言った。
涙が、流れて止まらなかった。

2/6/2024, 3:30:24 PM