赤、紫、橙、白。
鮮やかに咲く花々を、空の墓標に手向けていく。
雛芥子、紫苑、金盞花、白百合。
己を慰めるだけの、そんな愚かな行為を繰り返す。
「花曇」
名を呼ばれた。
「花曇」
応えずにいれば、静かに近づいてくる足音が一つ。
「帰れ」
振り返る事も出来ずに吐き出した言葉は、滑稽な程に掠れていて。
「花曇」
それでも、名を呼ぶ声は止まらない。
そのまま声は背後まで近づき、いつかのように袖を引く。
「おにさま」
懐かしい呼び名。
もう一度袖を引かれれば、もうこちらが折れるしかなかった。
大人しく振り返れば、そのまま縋るように抱きしめられる。
「帰れと言ったはずだ」
「嫌です。貴女を置いて帰りたくない」
「我儘を言うな」
「置いていかないでください」
有無を言わさない強い言葉。
しかしその言葉と裏腹に、抱きしめているその腕は微かに震えている。
それでも、言葉に応える事は出来ず。
震える腕を解いて、一歩だけ距離を取った。
「ならぬ。人と妖は、共には生きられぬ。主も解っただろう?」
もう一歩。
今度は、背後の墓標を見せるように移動する。
「もう私に吾子を殺させないでくれ」
鮮やかに咲く花に彩られた、空の墓標。
己が産んだ子らは皆、胎より出た刹那に銀の焔に包まれ燃えた。
遺されたものは何もなく、それ故に墓標の下に埋まるものはない。
墓標すら、己が角を見立てた紛い物。
古き知人には「人間の真似事」と嗤われ。
けれども、代わりに手向けの花を譲られた。
そんな己が未練と知人の優しさで作り上げた光景に、人である目の前の彼は何を思うのか。
言葉なく墓標に見入る彼を思い、静かに目を伏せた。
「…いや」
微かに呟かれる言葉。
「嫌、です。喪いたくない。独りにはしたくない」
空いた距離を詰めるよう腕を引かれた。
伏せていた目を上げ彼を見れば、強い瞳に射竦められる。
「ここでしか生きられないのなら、ここで生きる。人として生きられないのなら、貴女と同じ鬼になる。だから、どうか」
かつて、彼と共に現世で生きると決め、角を手折った己のように。
後戻りの出来ない覚悟を携えて、請われる。
「どうか、お願いします。もう一度だけ、僕に花曇と赤ちゃんを守らせてください」
どこまでも真っ直ぐな願いは、幼子だったあの頃から何一つ変わらない。
変わったのは、年月と共に成長した身体と、低くなった柔らかい声。
そして、幾分か変化するようになった彼の表情。
泣きながら、燃える子に手を伸ばすその姿を思い出す。
子を喪い泣いたのは、己だけでなく。
これ以上喪う事を恐れたのは、お互い同じだった。
なれば、彼の願いに応える言葉は決まっている。
「ーーー誉」
それは、呼ぶ事のなかった彼の名。
「!おにさま、今」
驚き惚ける彼の、力を失った腕から抜け出す。
そのまま背を向けて歩き出せば、遅れて駆け寄る足音が聞こえた。
「もう一回!ねえ、花曇」
「さあ?何の事だか」
「いじわるしないでっ」
どこか泣きそうな彼の声音を聞きながら。
今は何もいない腹に触れ、この先のいつかが平穏である事をただ祈っていた。
20240502 『カラフル』
5/2/2024, 12:11:56 PM