このえ れい

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 ──何もそんなに、悲しまなくても。
 僕はその後ろ姿を見て苦笑した。陽の当たるリビングの窓際でこちらに背を向けて力なく座りこんでいるのは、ゴールデンレトリバーのヒナだ。うなだれ、背を丸めて、小さくため息までついている。その毛並みは、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
 ヒナが悲しんでいる理由は、大嫌いな風呂に入れられたからだった。風呂の前は散々、いやいやしながら後ずさりしてみたり逃げ隠れしてみたりと抵抗を繰り返していたが、結局、父に捕獲されて問答無用で洗われた。その間、風呂場からずっと悲痛な声が聞こえていた。図体は大きいのになんとも情けない。
 僕は苦笑したまま、しょんぼりしている背中に声をかけた。
「ヒナ、機嫌なおしてよ」
 ヒナはちらりとこちらに視線をよこし、再び窓に向き直った。眉尻(犬なので眉はないが)を下げた悲しげな顔だ。その哀愁漂う表情に、僕は本格的に笑ってしまった。座ったまま尻でヒナのそばに移動する。
「嫌だったんだねぇ。よく頑張ったよ」
 隣に座り、背をなでてやると、ヒナは小さく鼻でため息をつき、顔を僕に寄せてきた。あぐらをかいている僕と、おすわりのヒナの大きさはほぼ変わらない。鼻面を僕の頬にくっつけ、すりすりしてくると、ヒナの気持ちが伝わってくるようだ。
 ──あたし、嫌だったんだよ、お兄ちゃん。お風呂嫌いだもん。
 僕はヒナの首のあたりをわしわししながら笑った。
「えらいえらい、頑張ったよ。綺麗になったもんね」
 褒められたのがわかって、ヒナのしっぽが小さく揺れる。
 陽の当たるリビングで、いい匂いになったヒナと寄り添い、ぽかぽかと休日が過ぎていく。
 

11/4/2023, 10:36:38 PM