それはほんの少しの好奇心。皆が熱中する“ソレ”がどんなものなのか知りたくてやってみただけだったのに―――気付けば抜け出せず、藻掻けば藻掻くほど沈んでいく“ソレ”に⋯⋯やらなきゃ良かったなんて遅すぎる後悔をした。
“恋なんて感情は幻想だ”
種を残すために必要なだけのただの錯覚。
何ならそんな感情に振り回されて一喜一憂する友人達を、どこか遠くに見ていた。
無論、先程の考えは私個人の考えであり、それを他者に強要するつもりはない。
けれど、どんなに良いものだと説かれても⋯⋯私の考えは変わらないから話を振らないで欲しかった。
そんなに言うなら別れればいいのに。
1人の方が振り回される煩わしさも、無理に相手に合わせる必要もないから楽なのにと、愚痴を聞かされる度に何度も思っていた。
そんな私に友人は、冷めてるだの枯れてるだの言ってくるけど、人の考え方なんてそれぞれ何だから良いだろうと、心の中で悪態をつく。
「ならさ、夜見りん疑似恋愛してみん?」
スマホを弄りながら会話に参加していた麻美がそう提案してくる。それに賛同しながら沸き立つ友人達。
「無理、相手なんて居るわけないでしょ」
その言葉で提案を一蹴したが、彼女は徐ろにスマホ画面を私に見せて「うちの幼馴染が疑似恋OKだってさ。モノは試しだし今日の放課後から1週間ね! これは強制執行なので夜見りんには拒否権ありませーん」そう言われたが、納得できずに反論しようとした所で予鈴が鳴り渋々解散。
こうして私にとって、地獄の様な体験が始まるのだった。
放課後、さっさと逃げようとしたが麻美達に捕まり⋯⋯疑似恋相手と顔合わせさせられた。
爽やかな笑顔で挨拶されたので、こちらも礼儀として自己紹介する。
なんか登下校一緒にする事を勝手に決められたし、何なら土日にデート? もする事になった。
当事者そっちのけで勝手に話が進み、連絡先も麻美経由で交換させられ、その日初めて会った男と共に帰路につく。
何話していいかなんてわかんないから、相手の話をひたすら聞いて気になった事とか広げられそうな話を広げて何とか繋ぎ⋯⋯ようやく家に着いた。
そっから自室に戻ったらどっと疲れて、これから過ごさなければならない1週間を思うとげんなりする。
1週間耐えれば良いだけだと自分に言い聞かせながら、やる事やって今日はさっさと眠りについた。
翌朝から本当に彼は私を家まで迎えに来たし、何なら手を繋いで登校するなんて恥ずかしい事までさせられたが⋯⋯重い荷物は持ってくれるし、いつの間にか彼が車道側を歩いてる。
私が気付かなかった自転車からも、肩を引き寄せて助けてくれたりと―――この人、世に言うスパダリと言うやつでは? と思うのに時間は掛からなかった。しかもよくよく見ると顔も整っている事に気付き、流石の私も顔面蒼白。
このイケメンと疑似恋愛? 私が? あり得んほど釣り合ってないんだが、なんの公開処刑だ?
本当になんでこの人、私なんかと疑似恋しようと思ったんだ? と、少しだけ彼に興味を持った。
それから昼食を一緒に食べたり、授業の合間に先生に頼まれて重いもの運んでたりすると、どこからとも無く現れて殆ど運んでくれたりと⋯⋯これが、噂の姫プというやつか!? ってくらい私を女子扱いしてくるので物凄く調子が狂うのだ。
そして放課後はデートに連れて行かれ、そこで友人間では拒絶しまくってたオシャレカフェに初めて入り、パンケーキはあんまり好みではないのでパフェを頼んで食べた。
その時に迷っていたもう一つを彼が頼んでくれて、一口くれた⋯⋯のだが、まさかのアーンってやつをやらされてめちゃくちゃ恥ずかし過ぎて、今日この瞬間が命日だと錯覚しそうになったり。
とにかく、そんな怒涛の1週間を過ごしていた。家に帰ってもLINEで連絡し合い、気付いたら彼からの連絡を待っている自分がいる。
たった1週間。されど1週間。
彼は私と居て楽しかっただろうかとか、この服変じゃないかとか。前の私なら下らないと一蹴していた事が、今は凄く気になって眠れなくなっている。
けれど時とは残酷で、疑似恋愛期間の1週間になった。
期間が過ぎればまた元通り。彼とは何の接点もなく、友人の幼馴染の赤の他人に戻るだけ。
そう考えるとなぜか胸が痛くて泣きそうになる。ここまで来るともう、認めるしかなかった。
私は今―――恋を患ってしまっていると。
あれだけ否定し続けたモノに罹患し振り回され、呆気なくこの初恋(こい)は散るのだ。
そうと分かっていても時間は刻一刻と迫っている。
最後の放課後デート。初めて行ったカフェでパフェを食べて、ショッピングモールで少し買い物してからゲーセンでUFOキャッチャーしたり。あまり写真を撮られるの好きじゃなかったけど、プリクラ撮ったりして過ごした。
夕暮れになり、そろそろ帰る時間になった時。彼は最後にどうしても行きたい所があるといい、手を繋ぎながらそこへ向かう。
辿り着いたのは町外れの神社だった。夏になると割と大きなお祭りを開く所で、この町の住人なら誰でも知っているくらいには親しみのある場所だ。
階段を上り境内へ行く。お参りしてから彼に促されて来た道を振り向くと⋯⋯綺麗な夕焼け空が見える。
思わず綺麗と呟く私に、彼はこの風景を見せたかったと言った。
「この1週間凄く楽しくて幸せでした。今日で疑似恋愛の期間は終わりです。付き合ってくれてありがとう。
弥白さんが恋愛に興味ないって分かってる⋯⋯けど、貴女と過ごせば過ごすほど好きになってしまって、諦められそうにないんです。
もし、少しでも可能性があるなら明日からは疑似恋愛じゃなくて、本当の恋人としてこのまま関係を続けてくれませんか?」
お願いしますと、頭を下げる彼に今日1日ずっと痛くてモヤモヤしていた胸が、スッと軽くなる。
それと同時に自然と涙が溢れてきて、うまく言葉に出来ずにただ頷く事しか出来なかった。
ポタポタと地面に滴り落ちる私の涙に驚いた彼が慌てながらも、優しく涙を拭いてくれる。
とりあえず今日が過ぎても一緒に居られる事に私は安堵するも、涙が止まらず私が落ち着くのを待ってから2人並んで帰路につく。
その道中でちゃんと私から気持ちを伝えると、彼は嬉しそうに笑った。
知らなかった恋心。
それは嵐の様に激しくて、でも陽だまりの様に暖かい。
まだまだ分からない事はたくさん。でもきっとこれからも彼のアイに染められていくのだろうと、そんな事を思いながら2人で手を繋ぎながら夕暮れの町を歩いていくのだった。
4/27/2025, 2:23:10 PM