「テオ、荷物は持った?」
「うん」
「お気に入りのCDもある?」
「うん」
「読みかけの本も入れた?」
「うん」
テオはトランクの鍵を弄びながらぼんやり答えた。まるで気になったおもちゃを手離せない幼稚園児のように。
私はテオに念入りに確認する。
テオは今日、終末医療を受けるためのホスピスに行く。もうこの家には戻って来れない。忘れ物は致命的だ。私はふと時計を見ると、予定の出発時刻より五分遅れていることに気が付いた。
「もう出発の時間だわ。テオ、車に乗って」
私は車のエンジンを入れ、未だドアの前で棒立ちするテオに声をかけた。
「……いやだ」
テオはそういうとトランクを強く握りしめた。ほっそりとした指は白くなっていて、トランクがミチミチと悲鳴を上げた。
テオは昔から手を焼かない子だった。一日に何度も打たれる注射も、身体が悲鳴をあげるようなリハビリも、喀血や嘔吐に襲われる夜だって、彼は泣き言一つ言わなかった。
そんなテオが、唇を噛み締めて、眉をキュッと寄せて、トランクの前でしゃがみこんでいる。爪に赤が滲んでも、握りしめる力が弱まることは無い。
「そこに行ったら、もう次がないんでしょ。わかってる、わかってるのに。僕は、ぼくは──」
テオの薄い背中が大きく跳ね、鋭い咳の音と共に口からバタバタと血が溢れた。テオは、血を拭おうともせずに、口を金魚のようにはくはくと動かしている。
私は思わず、車から降りてテオに駆け寄った。
テオに近づく度に、景色がすりガラスを一枚隔てたように見えていく。
「ああ、ああ。テオ、私の愛しいテオ」
私はトランクを押し退けて、テオの柳のような身体をかき抱いた。
「ずっと、愛しているわ」
テオの身体がぶるぶると震える。やがて、小さな嗚咽と共に肩口がじんわりと濡れていった。
11/28/2023, 3:45:36 PM