8月31日、午後5時。
俺は一日中エアコンが付けっぱなしのリビングで、大量にある夏休みの課題に取り組んでいた。
問題集はろくに問題も読まずに書き殴り空白を埋めた。
進学校の高校2年の夏休み課題は膨大な量がある。それを夕食前にとりあえず書き終えたのだから、これまでの自分とは雲泥の差だ。
俺のテーブルを挟んだ向かい側では中学3年の妹が赤ボールペンで丸つけをしていた。丸ばっかり。妹は俺と違って成績はかなり良い。
「紗枝、丸つけ?俺とやってること変わんないじゃん」
「は?私は明後日の課題テストに向けて勉強してるの。お兄と一緒にしないで」
「ああ、そうかよ。悪かったよ」
紗枝は自分の課題の最終ページを開いて見せつけてくる。
丸ばっかり。イヤミなやつ。
「母さんから預かってる解答集くれよ。丸つける」
「…はい」
何か言いたげな顔をしている。どうせ、直しが大変だねーとかだろう。
小学校の頃、解答集の丸写しが母さんにバレて、それ以降テキストが埋まるまでは預けることになってしまった。今なら丸写しだってバレないように、誤答も織り交ぜられるのに。
丸つけを開始してすぐ、コレはかなり時間のかかる作業だと気づく。
赤字で正答を書くにも量が膨大だ。
「紗枝さん」
さん付けで呼んだ俺に、妹は訝しげな顔をした。
「答えを読み上げてもらいたいんだけど」
「報酬は?」
「…一番くじ資金のカンパ」
「いくら出してくれるの?」
「3回分」
「まあそんなもんか。どこ読めばいい?」
「ここ」
紗枝に読み上げてもらい、俺は正答を記入していく。
1教科終わったところで、紗枝は自分が飲むグリーンティー、俺にはアイスコーヒーを持ってきてくれた。
「サンキュ」
「うん。自分のだけって言うのもね」
グラス越しの鮮やかな緑色は夏にピッタリな涼しげな色。少し節目がちにストローを加える紗枝が、いつの間にか以前よりも大人っぽくなっていることに気づく。
「紗枝、背、伸びた?」
「伸びたかなあ?わかんない。って言うか、座ってる状態で言われるの、座高が伸びたみたいで嫌なんだけど」
「ああ、だな。ごめん」
「別に良いけど」
8月31日。
レースのカーテン越しに見る夕景が、美しいマジックアワーに代わっていた。
そう言えば、去年は母さんが夕食を作れないとイラつきながら、解答集を読み上げてくれたっけ。
紗枝の声、母さんに似ている。昔から目鼻立ちが似てるって友人や親戚から言われてたけど、俺から見ても似てきた。
「紗枝、高校どこ行くか決まってる?」
「一応」
「紗枝ならどこでも行けそうだよな」
「だと良いけど。来年は手伝わないからね」
「来年はさすがに。俺も受験生だし」
エアコンの空気を扇風機が循環させる唸りと、紗枝が読み上げる落ち着いた声と、俺が赤ボールペンで筆記する音。
8月31日、静謐な夜が訪れる。
8月31日、午後5時
8/31/2025, 3:42:39 PM