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「日々の糧をお与えくださり__…」
声を殺しながら、家の裏で的はずれな言葉で炎に祈るその子はものこそ知らなくとも賢い子供だった。
今起きていること、そしてそれが今の自分にはどうしようもないことであると理解していた。だから炎に祈ったのだ。

「__…感謝いたします」
二切れほどのパン、自宅のテーブルについて朝食を前に正しい言葉で炎に祈るその女はものこそよく知っているが愚かな大人だった。
あの時起きていたことがおぼろげになり、しかし得体のしれない何かにいつまでも囚われ罪悪感を抱いている。だから炎に祈るのだ。

その日の早朝も澄んだ空、曇天雨天を忘れがちなこの砂漠の町のどこかにある家で、薬師Jは静かに朝食を終えていた。
祈るたびに胸が苦しくなり、組んだ両手に力がこもり、気づけば手に爪が食い込んでいることに気づいては現実に帰る。厄介なことに薬師Jにとってそれは日課のようなものになっていた。
今日は母に会おうと決めていた日だった。
手作りの料理と酒、そして汲んで来た水と布きれを持って、薬師Jは家を出た。

しばらく歩いているうちに、荒れた石たちが並ぶ砂の上に立っていた。どれも似たような重い石の中からある一つを見つけ、薬師Jはそこまで歩いていく。途中、躓いて桶の中の水が少しだけこぼれた。

「…昨日ね、ちょっと散々だったの」
だから会いに来たのよ、と薬師Jは布を水に浸して石を磨き始めた。
「診てた患者さんがね、亡くなっちゃった」
…もともとおじいさんな方だったけど。
薬師Jは補足するようにそう言って石を磨き続ける。
「でもやっぱり、どうにかできなかったかなって思っちゃうんだ」
石はすでに綺麗になっていた。薬師Jはそれでも構わず石を拭き続けた。
「それに、リーフ払ってもらえなかったんだ」
生活困っちゃうなぁ、と薬師Jはぼやいた。
早朝の周囲は誰もおらず、ただただ砂同士が擦れるような風の音だけが耳に響いていた。
愚痴ってごめんね、と薬師Jはようやく布で石を磨くのをやめ、用意していた料理と酒を手に石に向かって笑顔を作る。
「今日ね、料理上手くいったんだ」
笑うどころか一つもものを言わない石に、一緒に神様に祈ろう、だとか、乾杯、だとかと話しかけ続ける姿はさながら母に縋る子供のようだった。
そこでふと、目眩がした。酒に酔い、太陽が真上に来ればそれは当然のことだった。薬師Jは正気に戻ったように食べかけの料理と空になった酒瓶と桶を持って立ち上がり、一度ふらりとよろめいて墓石をあとにした。

7/25/2023, 12:37:21 PM