秋茜

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“虹のはじまりを探して”

「うあ」
「あ?」

 あまりの暑さにお互い無言で足を動かし続けていた帰路に。隣から謎の声が聞こえて顔を上げる。なに? と問いかけるよりも早く、その指が示す方向に目を向けて同じような声を上げてしまった。

「虹、だ。すごい、キレイ」
「雨降ってねえよな。なんで虹?」
「途中で、力尽きたから?」
「は?」
「雨粒が、ね。地面に届く前に……ええと」

 もだもだとなにか言葉を探す。アツくて、水じゃなくなるヤツ、なんだっけ。と問われて考える。考えて。

「蒸発?」

 中一レベルの単語を出せばそれだ、とすごい勢いで頷かれる。彼の科学の成績が心配になるが、彼の場合教科を問わず、勉強全般心配であることを思い出して、ため息を堪えた。まあ、今はそんなことはどうでもいいのだ。

「雨粒が地面に届く前に蒸発するから、雨が降ってないのに虹が出るってこと?」
「そう! オレたちのわかるところでは降ってない、けど。空の上のほうでは降ってたから、虹、出る」
「へえ?」

 わかるような、わからないような。蒸発は出てこないくせに妙なことを知っているんだなと感心する。そんなこちらの眼差しに気づいたのか、少し得意げに、彼は続けた。

「虹のはじまりのところがさ。地面にくっついてないでしょ。あそこで、力尽きたんだよ」
「雨粒が?」
「そう」

 言われてみれば、なるほど、確かに。普通の虹と比べて、随分と高いところで途切れている。

「やるな、お前」
「お母さんに教わった」 
「お前のそういう素直なところ、キライじゃないぜ」
「スキってこと!?」

 なんだか楽しそうに目を輝かせているから、引っ張られてこっちまで楽しくなって、口が軽くなる。

「虹のはじまりっていえばな」
「うん?」
「オレ、探しに行ったことあるんだよ」
「え!」
「ちっちぇ頃。はじまりまで行くぞって、一人で頑張って走ったんだけどさ」

 ──辿り着く前に消えちまった。

 今思えばとんだ笑い話である。それなのに、当時の自分はなんだかとても悔しくて悲しくて、泣いていたのだから、それも含めて笑い話だ。そう思って話した、のだけれど。

「え?」

 不意に右手を掴まれて目を見開く。笑うどころか大真面目な顔をした彼は、行こう、と言うが早いか駆け出して。

「は!? お前、行くってどこに!?」
「リベンジ、だよ! 虹のはじまり!」
「物理的に無理だろ!?」
「わかんないだろ! 成長したし、二人だし!」

 はぁ!? と叫ぶ。走りながら声を出すのには慣れている。運動部の、別に悲しくもないサガだ。

「どうしたんだよ、急に」
「負けっぱなし、なんて。らしくない、よっ!」
「ええ?」

 なぜか変なスイッチが入ってしまったらしい彼は、持ち前の俊足で走り続ける。もちろんそれに手を引かれているオレも一緒に。
 本当に届いてしまいそうな勢いだ、とおかしくなって、頬が緩んだ。すごいやつ。
 もはや、辿り着けなかったとしても構わなかった。ちょっぴり切ない笑い話が、コイツとの楽しい思い出に書き換えられるなら。それはなんだかすごく、嬉しいことだと思うのだ。

7/28/2025, 2:53:40 PM