帰宅して彼女を自宅に押し込んだあと、すぐにリビングのソファに座らせた。
ぎゅうぎゅうと折りたたんで抱き包める。
「ぐえっ」
なんて苦しそうな声をあげたが、かまっていられる余裕はなかった。
俺は今、猛烈に不貞腐れている。
「ごめんってば」
しょもしょもと謝り倒す彼女の姿に、罪悪感が込み上げてきた。
大人げない態度をとっている自覚もあるが、どうにも感情が追いつかない。
彼女が元カレとバッティングしたのだ。
「本当に、たまたま。……彼女さんがハンカチを落としたから、声をかけただけなの」
「別に疑ってるわけじゃないです」
ふたりきりで密会したわけでもない。
今さら気持ちが揺さぶられることもないからこそ、彼女は俺とつき合ってくれているのだ。
過ぎてしまったことはどうにもならない。
俺と隣にいるであろう明日だって、明後日には過去に変わる。
彼女と一生一緒に今を生きていくことができればいい。
その気持ちに嘘はなかった。
ただ、面白くないものは面白くない。
それだけである。
「とはいえ、それはそれとして嫉妬はしています」
「うん。だから、できるだけお手軽に落ち着いてくれる方法がないか考えてるの」
お手軽って……。
彼女の言葉に遠慮がなくなってきた。
この距離感に彼女が耐えきれなくなる頃合いか。
小さく折りたたんでいた彼女の体を解放してソファに座らせた。
「あ」
「え?」
途端、なにか閃いたらしく、彼女はソファから立ち上がる。
リビングから出ていった直後、大雑把で大胆な音が玄関から響いてきた。
おそらく彼女がカバンの中身を全部ひっくり返したのだろう。
大丈夫か……?
様子を見に行こうと立ち上がりかけたら、彼女がニコニコしながら戻ってきた。
俺の機嫌が戻ることを確信しているのか、胸を張って俺の前で仁王立ちする。
もうその自信がかわいいから、嫉妬なんて一瞬でどうでもよくなった。
「これでどう?」
ででーん。
なんて効果音が似合いそうな勢いで目の前に差し出されたのは、紫のリストバンドだった。
「これは?」
「使い倒しすぎてチクチクになった私のリストバンド」
…………なん、……だと……?
「あなたの血と汗と涙の体液3点セットが染み込んだリストバンドですって!?」
「その言い方は気持ちが悪いからやめてくれる?」
「傷つくから気持ち悪いはやめてください」
「ちょっとは自分の言動振り返れ」
「愛情表現ですが」
イラァ、なんて雰囲気が彼女から漏れ出てくる。
彼女の機嫌を損ねてリストバンドが取り上げられてしまったら最悪だ。
慌てて背筋を正して、両手を差し出す。
特大のため息をつきながら、俺の手のひらにリストバンドを乗せた。
「……ちなみに7回洗濯してクリーニングに出して汗抜きしてもらったから」
「なんてことしてくれやがるんですか」
とはいえ、思いがけない彼女からのプレゼントに胸の奥がじんわりと温かくなる。
「機嫌直った?」
「直しました。今日も元気に生きていけます」
「よかった」
ホッと力を抜いて微笑む彼女を後ろから抱き込んだ。
「これ、改良してキーホルダーにしてもいいですか?」
かわいい彼女が初めて、自ら身につけていた物をくれたのだ。
これは記念に持ち歩きたい。
「別に好きにしたらいいけど、なにそれ? そんなことできんの?」
「ハトメ使えばいけると思います」
「……器用だね?」
「穴開けてはめるだけですよ?」
器用というのは、折り紙で休日にダラダラしてるオッサンみたいなツルを折ってくる彼女みたいな人のことを言うと思うのだが。
彼女の器用の基準がよくわからないな。
「できたら見せて?」
「それは、はい。わかりました」
ウキウキしながら目を輝かせる彼女がかわいいから、なんでもいいか。
眩しくて目が焼けるから、その顔はできれば週末に拝みたかったのだがしかたがない。
この無邪気な笑顔を守るために、俺は今日を生きると誓うのだった。
『今日を生きる』
7/20/2025, 10:26:39 PM