すべて物語のつもりです

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「もし、世界の終わりがすぐそこまで来てたらさ、最後ぐらい君とキスをしたいよね。」
 コンビニのカフェオレは最近進化しているらしい。愛飲している彼はわたしにそう教えてくれた。
 ストローを噛む癖はいつになっても治らない。彼は歯形がついたストローを見て「またやっちゃった。」と言う。それを聞くのはもう何回目なのか分からない。
「きも。」
「知ってる。」
 彼が吐く言葉はいつもわたしの鳥肌を立たせる。
 気持ち悪い、と素直に言えるのは、付き合いが長いからではなくて、彼がわたしに好意を持っていないくせにそういうことを言うからだ。
 わたしは、お試しでしかない。彼は本命にどんな言葉を伝えるかいつも一生懸命考えて、毎回気味の悪い言葉を編み出す。そして、わたしに言って反応を見るのだ。わたしの反応はどんな時も変わらない。だから、彼が本命にその言葉をかけることはない。本当は彼も分かっている。そんなことを考えるのは無駄で、わたしで試してみるのも無駄で、結局はなにも意味のないことなのだと。それでも彼は必ず新しい言葉を作り出す。そのたびにわたしは馬鹿だなあと思う。
「ヘタレ。」
「知ってる。」
「さっさと告白してフラれてきたら?」
「うるさいなあ。」
「ばーか。」
「それはただの悪口だよね!?」
 思わず唇の隙間から笑い声が漏れた。そして、彼も呆れたように笑う。
「彼女、今頃男とデート行ってるんだろうね。いいなあ、わたしも人生で一回ぐらいは高級レストランに行ってみたいよ。」
「ぼくの傷口に塩を塗る必要ある?」
 彼が一生懸命言葉を考えている間、彼の本命は男をとっかえひっかえして、ブランド物のバッグやアクセサリーを買ってもらっている。
 本当、こいつは馬鹿だと思う。真の馬鹿野郎だ。
 そして彼女はあと数時間もしないうちに、金を広げて笑うような男と一緒にホテルに行くのだろう。
 さすがにそれは言わないであげようと思った。わたしだって必要以上の塩を持ちたくない。
「世界の終わりがもうすぐ来るならさ、キスする時間もったいなくない?」
「へ?」
「わたしなら、手繋いでお互いに寄りかかって眠って、気付かない間に死にたい。」
 彼の部屋はとても狭い。ベッドとテーブルしかないこの部屋で、わたし達は今二人きりだ。
 彼の手はカフェオレのカップを持っていたせいで少し濡れたまま、テーブルに放り出されている。
 あれを掴んで、二人眠って、世界が終わるのなら本望だ。

6/7/2023, 10:20:15 AM