小百合

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 彼女は遠くの街へと引っ越したらしい。そうか、と僕は一つ頷いて納得した。そんな気はしていた。もう二度と、彼女は僕になんて会いたくないだろうから。
 僕が足繁く通っていた、郊外のアパートの302号室。彼女はここで暮らしていた。パックご飯をチンして食べ、ぎしぎしと軋む安いベッドで眠っていた。僕も、たまに一緒に。楽しかったんだ。
 彼女のことは本当に好きだった。可愛くて、優しくて、僕のことを好きでいてくれたから。だけど僕は、そんな彼女の気持ちにつけ込んだ。ただの軽口が暴言に変わり、柔らかな触れ合いは暴力に変わった。僕のことが好きなんだろ、という思い込みで、彼女をここに縛りつけた。それでも僕は、決して彼女を傷つけたかったわけじゃない。愛していたんだ。
 突如彼女は僕の目の前から姿を消した。もう、耐えきれなくなったのだろう。彼女にLINEをブロックされたことに気がつき、この住所に彼女がもう居ないことを知ったとき、やっと僕は自分の犯した過ちに気づいた。彼女は僕を愛していたから僕の側を離れなかったわけじゃなかった。僕を恐れていたから動けなかったんだ。彼女はもう、僕のことなんて好きじゃなかった。
 僕は彼女の日記を手にしながら涙を溢した。熱い頬に流れる冷たい涙が酷く不快だった。彼女はどこに行ったのだろう。探さなくちゃ。探して、謝らなくちゃ。僕は本当に自分の行いを悔いて、改めるから。だから、また一緒にいてくれよ。

 ぜったいにみつけるから。ぼくはきみをあいしているから。きみもぼくをまたあいしてよ。

2/28/2024, 3:12:23 PM