『透明』
まぶたを閉じれば、そこにはいつでも君がいた。
小柄で華奢な君には少し大きい傘をくるくると回して、楽しそうに歩く君がいる。
君はとても純粋な人だった。
真っ直ぐで優しくて、笑顔の可愛らしい人だった。
僕の感情を見つけてくれた人だった。
朝から雨の降るある日のこと。
僕は次から次へと降ってくる雨粒を前に立ち尽くしていた。
下駄箱に捨てられた紙くずや消しカスのゴミたち。
消えない落書き。
隠された外履きと盗まれた傘。
どうすることもできず、ただ空を眺めていた。
もう、諦めて上履きのまま濡れて帰ろうか。
そう思った時だった。
「ねぇ、一緒に帰らない?」
君が声をかけてくれたのはこれが初めてだった。
僕は断った。あいつらに見つかって、君まで同じ扱いを受けることになるのは避けたかったからだ。
それでも君は優しく微笑んで
「私の傘大きいの。1人だと寂しいから、ね?」
パンっと開いた傘は確かに少し大きかった。
そうして僕らは同じ傘の下、歩き出した。
「あ、見て見て」
君に促されて上を見上げる。
いつの間にか桜の花びらが傘に張り付いていた。
はらはらと散る桜とぽつぽつと降る雨が透明の傘に当たる。
綺麗だと思った。
そんな感情はとうの昔に失われたと思っていたのに、君が見つけてくれた。
家まで送ってくれた彼女の後ろ姿を眺める。
桜の花びらが着いた傘をクルクルと回す背中になぜか目が離せなくて、忘れられなくて。
もうひとつの感情が僕の中で動き出した気がした。
2025.03.13
22
3/13/2025, 12:43:57 PM