かたいなか

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「だから、一人で『居たい』、『痛い』、『遺体』。まぁ普通に考えりゃ『居たい』だろうな」
ひらがな表記は「漢字変換」で色々アレンジできるから便利よな。某所在住物書きはスマホで「いたい」の変換候補を見ながら、「居たい」が良いか「痛い」が物語を組みやすいか、思考していた。
去年は「だから一人で、痛いのに耐えている」の物語を書いた。……では今年は?

「一人で居たいのは、ぼっち万歳ストーリーよな。
痛いハナシは痛覚的にタンスに指ぶつけたとか?
痛車痛スマホ、一人して痛い思い、痛いこと……」
一人して痛いことをしているハナシとか?物書きは言いかけ、身に覚えがあり、一人で勝手に悶絶。
「昔、ガキの頃、どちゃくそにメアリー・スーな二次創作ばっか書いてた、な……」
だから、物書きは一人で痛い古傷に耐えている。

――――――

一人で居たいのは喧嘩した日の夜、一人で痛いのはタンスや机と足の小指との単独事故。
先日寝落ち直前におでこにスマホを落としまして、
ゆえに、一人で痛い思いをしていた物書きが、今回はこんなおはなしをご用意しました。

最近最近の都内某所、某アパートに、雪国出身者がひとりで住んでおり、名前を藤森といいました。
この藤森の部屋に、何がどうバグって現実ネタ風の物語に忍び込んだか、週に1〜2回、
現実ネタには有るまじく、不思議なお餅を売りに、なんと不思議な子狐が、コンコン、やって来るのです。

コンコン子狐は稲荷の狐。近所の神社のご利益豊かな、ありがたいお餅を売りに来ます。
ひとくち食べれば心に溜まった毒を落としてくれる、心も身体もお財布も喜ぶコスパ抜群なお餅を、
藤森の部屋に同僚も後輩も、友人も誰も居ないとき、コンコン、売りに来るのです。
その日も土砂降り大雨の降りしきるなか、子狐が藤森のアパートにやって来ました。

「お盆のおだんご、ごよやく、いかがですか」
葛で編んだカゴの中のお餅と、クレヨンで一生懸命ぐりぐり描いたと思しき手作りパンフレットを、しっかり雨から守った子狐。
だけど自分はぐっしょり濡れて、まるで洗濯直後のぬいぐるみです。
「焼きもち、へそもち、餡かぶり、おはぎもあるよ」
雨に体温を持っていかれて、少しぷるぷる震える子狐は、なんだかんだで根っこの優しい藤森に、タオルで包まれて優しくポンポン、叩き拭かれておりました。

「今予約とって、スケジュールは間に合うのか」
忙しい仕事と、季節以上の異常な気温のせいで、すっかり忘れていた藤森。
そろそろお盆です。藤森の故郷では、もうすぐ夏の大きな祭りが、あっちこっちで始まるのです。
「予約の集計と、材料の調達と、下ごしらえも必要だろう。大丈夫なのか?」

狐ゆえに、たとえ五穀豊穣を呼び寄せる恵みの雨とて、濡れるのは好かないだろうに。
それでも商売魂たくましく、季節ものの餅の予約をとりに来るのは、なんともまた、微笑ましい。
土砂降りの未だ止まぬ外を、防音防振設備バッチリな、ほぼ静音の部屋から眺めて、
藤森は子狐を、気遣ってやりました。

「キツネのおとくいさん、おとくいさんひとりしか、いないもん。へーきだよ」
「そのびしょ濡れのせいで、予約とって帰った途端、熱出して、風邪でも引いたらどうする」
「キツネ、人間の風邪ひかないもん」
「そうじゃなくてだな」

「たんと買ってくれるの?いっぱいいっぱい、間に合わないくらい、どっさり買ってくれるの?」
「そうじゃない」
「ごよやく、ありがとうございます」
「あのな子狐」

去年の3月3日に初めて会ってから、随分稲荷の商売人、商売狐として図太く賢く、成長したものだ。
藤森はため息を吐いて、ポンポン、拭いてるタオルを新しいものに替えてやります。
「……ひとまず、何か、温かいものでも飲むか?」
いまだにプルプル、寒さで震える子狐は、「温かい」の単語に、尻尾をブンブン、振り回しましたとさ。

「あったかいもの!おしるこ!」
「小豆が無い。雑煮なら、可能だが」
「おぼん雑煮!
ごよやく、ありがとうございます」
「そうじゃないと言っている」
「おもちはいくつ、ごよーいしましょう」
「子狐。ひとの話を、まず聞きなさい」

「ふぇっ、へっッ、くしゅん!」
「そらみろ。くしゃみが出た……」

ポンポンポン、ぽんぽんぽん。
子狐がこんな雨の日に、たったひとりで藤森のお部屋へ行くと、藤森がふわふわタオルでもって、子狐を優しく包んで、軽く叩き拭いてくれます。
藤森の優しい手も心も、温かい魂も、ぜんぶ独り占めできるのです。
だからコンコン子狐は、お得意様は一人だけのままでいたいのかも、別にそうでもないかも。
そんなアパートの一室のおはなしでした。そんな都内某所の夜の、おはなしでした。 おしまい。

8/1/2024, 3:46:34 AM